『法人営業 利益の法則』から「CCP(重要管理点)の見極め」を紹介します。
人は、付き合いが長くなると隙のある態度を見せがちになるものです。「このくらいは過去の付き合いもあるから、やっても問題ないだろう」などと勝手に思ってしまうのです。たとえば打ち合わせ時間に遅刻する回数が増える、メールなどでの確認をついついサボってしまうという感じです。
ただ、これは法人顧客との付き合いでは非常に危ない行動です。相手もオブラートに包んで注意してくれることもあるのですが、それに気がつかないと、積り積った不満がどこかで閾値を越え、取引を切られてしまう要因となりかねません。個人として注意するのはもちろんのこと、組織としても、その営業担当者のミスが組織全体の姿勢を反映しているととられないような速やかな対応をとることが必要です。もちろん、常日頃からそうした行為が生じないよう、しっかり社員を教育することが必要なのも言うまでもないでしょう。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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CCP(重要管理点)の見極め
顧客企業が購入製品や取引先企業を選ぶ際に重視するポイントを、マーケティングではKBF(Key Buying Factors)と呼びます。例えば、ITベンダーを選ぶ際のKBF、つまり「現在付き合いがあるベンダーをなぜ選んだか?」の回答としては、顧客の業務に関する理解度、ITに関する独自技術、ソリューションの提案力といった項目が顧客企業側の声としてよく聞かれます。
では、「なぜ付き合いのあったベンダーとの取引を止めたか?」という問いに対しては、顧客企業はどう答えるでしょう? 営業現場の人々は、往々にして「顧客が重視していたKBFを満たせなかったから」だと思い込んでいます。しかし、KBFは、あくまで新規取引相手の検討段階で重視される観点であって、いったん取引が始まると、顧客企業側は別の観点でベンダーとの取引を継続するか否かを考えていることが多いのです。
グロービスが、大手ITベンダーを利用している企業11社の意思決定プロセスを詳しく調査した結果では、ベンダーを外した際の理由は、当該ベンダーを決めた際の採用理由(提案力、技術力など)とはまったく異なり、ベンダー側のモラルや説明責任に対する不信感が背景にあることがわかりました。具体的には
「営業が技術を知らない上に、いい加減なことを言う。営業だけでなく、SEも同じ調子だとわかって、ベンダーの入れ替えを決意した」
「トラブル発生時に自らの責任回避から始める。他のプロジェクトメンバーに相談しても、対応しようとしないので、愛想を尽かした」
このような類のコメントが多く出てきたのです。
すなわち、ITベンダー側の個人が起こした問題行動を、顧客企業側が「特定個人の問題」ではなく「ベンダーの組織全体の問題」として認識を切り替えた時点で、関係打ち切りが決まることがわかったのです。
この切り替え時点、言い方を換えると、異常発見の監視を怠らずに、迅速に対処すれば危害発生を回避できるポイントを、我々はCCP(Critical Control Point:重要管理点)と呼んでいます。なお、CCPとは、食品製造における危害要因を除去するための安全・衛生管理システムであるHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)に倣って命名したものです。
こうした構図は、IT業界に限ったことではなく、筆者がいた金融業界やコンサルティング業界、あるいは人材育成サービスの業界でもよく耳にする話です。クライアントとの付き合いが長くなるうちに、現場が経験の浅い社員に任せっきりとなって、いつの間にかトラブルが絶えなくなり、ある瞬間に顧客の怒りが爆発して取引を打ち切られるというパターンです。
したがって、予防策としては、
・定期的にCS調査などを実施して、現場の異常発見に努める
・現場からトラブルが報告された際には、顧客企業側の認識悪化がCCPに達する前に、スピーディに対応着手する
・取った策を顧客に説明し、組織的に再発防止に取り組んでいることを理解してもらう。換言すると、発生した問題が「特定個人の問題」であって、「組織全体の問題」ではない点を理解してもらう
といったアクションが、関係維持にとって不可欠なのです。
(本項担当執筆者:山口英彦 グロービス経営大学院教員)
『法人営業 利益の法則』
山口英彦(著)
1382円