『ビジネス仮説力の磨き方』から「マネジャーが心得ておくべきこと」を紹介します。
日本企業において、仮説検証という考え方を最も組織に徹底させたのは、鈴木敏文・前セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長でしょう。彼は仮説思考という言葉が一般化するはるか前から仮説検証を組織文化の根幹に据え、それに基づいたマーチャンダイジングや事業開発を行うことで、セブン-イレブンを規模の面でも収益性の面でも日本一のコンビニエンスストアに成長させることに成功したのです。
ただし、組織文化を組織に根付かせる上で最も重要なのがトップとはいえ、それを隅々にまで行きわたらせるためには、やはりミドルマネジャーの力は欠かせません。言い換えれば、あらゆるミドルマネジャーが仮説検証を理解・実践しつつ、部下や後輩の意識や行動に、状況に応じて意図的にあるいは自然体で働きかけていくことが、仮説検証を組織の根源的な文化、さらには競争力の源泉にする上では必要不可欠なのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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マネジャーが心得ておくべきこと
仮説検証を組織、チームに根づかせるうえで、一般のマネジャーが実践しうるポイントを考えてみましょう。シーンとしては、部下や後輩、新人育成を思い浮かべていただくとわかりやすいと思います。ここでは図の5つのポイントについて簡単に説明します。
率先垂範する
仮説検証のみならず、あらゆるテーマに関して言える話ですが、まずは自らが率先垂範して仮説検証を軸とした行動をとりましょう。記録的なスピードで東証一部上場を果たしたゴールドクレスト(マンション販売)の安川秀俊社長は、創業する前の前職時代から、仮説を立て、検証するという姿勢をとられ、周りに伝えられてきました。
「事業を成功させるためには、どれだけ多くの可能性を検討できるかにかかっている」(『日経ビジネス』2003年1月20日号)
ここで望まれるのは、「仮説検証」という行為は、黙っているとなかなか他者には伝わらないものなので(「ノー残業」や「挨拶の励行」などと比較してみてください)、折に触れ、自分のやっている行為の意味を周りに伝えることです。
たとえば、会議の席で「いま、こういう仮説を持ちながら仕事をしている。おおむね検証できそうだ」などと話をすることで、周りに対する意識づけが可能となります。
質問を投げかけ育成する
仮説検証に関して部下を育成する場面では、質問を使ったコーチングスタイルの育成を心がけてください。なぜなら、仮説検証とは、まさに自分で主体的に考え、行動することと表裏一体の関係にあるからです。いきなり答えを与えるのではなく、彼/彼女が見落としているポイントや、必要以上にとらわれている前提に気づかせるような質問を多用するといいでしょう。
たとえば、部下がある前提にとらわれすぎている場合であれば、その前提に気づかせる、以下のような質問が有効でしょう。
「それってお客さん皆が望んでいることなの?」
→顧客は一様ではなくさまざまなタイプがあることに気づかせる。あるいは、「すべての顧客に同じサービスを提供しなくてはならない」という思い込みに気づかせる
「もし予算の制約がなかったら何をすべきかな?」
→予算という枠を強引に外すことで、無意識にスクリーニングし排除していたアイデアを呼び起こす
「それで本当に皆納得するかな?」
→仮説の検証が甘いことに気づかせる
また、それ以前の話として、仮説を持つということを強く意識づけるために、「だから、そこから何が言えるの?」「どんな行動をとるべきなの?」を考えさせるような質問を日々投げかけるとよいでしょう
支援を与える
先述のようなコーチングとは別に、金銭的支援や物的支援、人の紹介なども必要に応じてしていきます。まとまった額の金銭的支援を与えるのは、後段の仮説が固まった段階(リターンが見えてきた段階)となるでしょう。初期の段階では、社内のキーパーソンを紹介するなど、人脈を活用してあげると有効です。
ただこのときも、いきなり最初からすべてを与えてしまっては、物事を考える習慣が身につきません。まず、自発的な思考を促したうえで、しっかりコミュニケーションし、要望に応じながら支援を与える姿勢も重要です。当然、なぜその支援が必要なのか、支援を受ける当人に説明責任を果たさせるよう意識づけすることも、育成上は重要なポイントとなります。
なお、常日頃部下とのコミュニケーションをしっかりとっておくと、本人の能力や行動パターンが把握しやすくなり、「このあたりで苦労するはずだから、そろそろ助け舟を出そうか」といった判断がしやすくなります。
しつこくコミュニケーションする
会議やメーリングリストなどで、しつこく「仮説」「検証」と言及することです。これも、このテーマに限ったことではありませんが、人間、何度も何度も言及されていると、自然とそこに意識が向くようになるものです。
部課のレベルではおそらく毎週に近い頻度で会議が開かれていると思いますので、その席で折に触れてコメントすると、部下の頭にも残りやすくなります。
また、象徴的な事例(誰かが新しい企画を出したときなど)があったときに、会議やメーリングリストでそれを褒めたり、背中を押したりしてあげると、本人の動機づけのみならず、周囲にとっても意識が向くという効果があります。
成功体験を積ませ、自信を持たせる
よく、スモールサクセス(小さな成功)が自信につながると言います。いきなり難しいテーマを与えるのではなく、最初は、ちょっとした仮説検証に取り組ませるといいでしょう。 たとえば、社内業務フローのちょっとした改善について「君はどうすればいいと思う?」と聞いてみて、アイデアを出させ、それを部内ヒアリングなどで検証させるのです。
問題解決や施策の立案を生業とするコンサルティング会社などでも、新人(特に新卒の場合)の最初のインタビューは、比較的難易度の低い仮説検証からスタートし、だんだんと(といってもかなりスピードは速いのですが)難易度の高い仮説検証を任されるようになります。
ちょっとした工夫かもしれませんが、まずは身近なところから始め、仮説検証という営みの感覚をつかんでもらうと同時に、自信をつけてもらうことが狙いです。
(本項担当執筆者:嶋田毅)
『ビジネス仮説力の磨き方』
グロービス経営大学院/嶋田毅 (著)
1600円(税込1728円)