試練を乗り越えて歩め-その1)豊かさの中での人間的成長 

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「豊かさが、日本人からハングリー精神と我慢強さを奪ってしまった」と、グロービスのトップセミナーで,アサヒビールの名誉顧問である中條高徳さんが、そう仰った。

対談をしていた僕は、僭越ながら即座に反論させてもらった。
「豊かさが、必ずしもハングリー精神を奪うものではないと思います。確かに、豊かであると幼少期の経済的苦労をバネにした反骨精神を生むことはできないです。事実、そういう貧しさからくる反骨精神をバネにして成長してきた起業家も多い。ただし、そういった経済的な苦労は、経済的な充足に向くことが多く、必ずしも社会全体を富ますことにはならないのでは無いだろうか」。

「それよりも重要なのは、各人に『自分が生まれてきた目的は何か?』、『この人生で何を行うべきか?』という問いかけをすることにより、自らの使命感に気づかさせることである。使命感に芽生え、自らの任務を見出した人間は、その使命を果たそうと無限大のパワーが自然と湧き出て来るのである。ちょうど勤皇の志士が使命感で動いたように、グロービス経営大学院が輩出する『創造と変革の志士』も、『自分の使命』というものを気づいてもらい、社会に貢献してもらいたいと思っている」。

そして、僕は、更に続けた。

「また、豊かさが必ずしも、弱さにも繋がらないと思う。豊かさであるがために、親とか環境が、人々を甘やかしていると確かに弱さに繋がる。でも、豊かであっても、試練を与え続けたなら、当人はその試練をバネに成長し、強靭さを手に入れることができるのである」。

しゃべりながら、AQに関して思い出していた。僕がAQに関して初めて聞いたのは、京都で世界各国から社長が集うカンファレンスの場であった。そこで、米国の学者のポール・G・ストルツ氏のスピーチを幸いして2回聞くことができたのである。

彼は、AQというものを提唱していた。AQというのは、Adversity Quotientの略で、逆境指数と訳されている。IQが知能指数で、EQが感情指数であるのに対してAQというのは、精神の強靭さを計る指数なのだという。

彼が言うには、今までの大統領選挙では、23回中22回は、AQ指数が高い方が勝っていたというのだ。また、AQ指数が高い人がリーダーである組織の方が、低い人がリーダーである組織よりも継続的に高いパフォーマンスを出すのだという。

そのAQ指数は、以下のように5段階に分類しているのだという。

一番低いAQの人間は、試練に直面すると逃避(Escape)するのだという。二番目が、やっとのことで生存(Survive)するのだという。しかし、それでは、全くダメなのだという。三番目のAQの弱さはただ単に対処(Cope)するのみであり、四番目に高いAQの人は、しっかりと管理(Manage)するのである。でも、それだけでも不十分なのである、と言うのだ。一番AQが高い人は、試練に当たって慈養(Harness)するのだという。つまり、試練というものをきっかけと捉えて、どんどん成長していくのだという。

その学者が、最後に質問したことを良く覚えている。「皆さんの中で、尊敬する人を思い浮かべて御覧なさい」。そして暫く間をおいてから彼は続けた。「その尊敬する方は、試練があったからその場に到達しているでしょう。もしも試練が無ければ、その方々はそこまで成長していなかったのではないでしょうか」、と。確かに思い浮かべてみるとそうなのである。空海、カエサルそして織田信長もそれぞれの試練があって、成長したのである。

言ってみれば、試練というのは、成長するために必要不可欠なものなのである。僕は、「試練は友達である」と言っている。試練が無ければ成長できないのだ。もしも「楽だ」と感じたら危機感を持ったほうがいいのである。また、試練がやってきたら、「やった。成長できる機会が生まれた」と小躍りするぐらいに喜んだ方がいいのである。そう考えると、人生は楽しいことの連続でもある。

僕は、彼のスピーチが終わって即座に手を上げて質問した、「どうすれば、そのAQを伸ばせるのですか?」、と。

すると、ニタと笑って、次のように答えてきた。「小さいころから試練を与え続けるしかないのさ。豊かな親は往々にして、子供を楽させようとしてしまう。そうさせないで、試練を与え続けることだ」、と。

そんなことも思い返しながら、僕は、中條さんに向かってこう説明をした。「豊かだと確かに甘やかしてしまう傾向が強いが、豊かであっても、試練を与え続ける教育をすれば、強靭さは身につくと思う」。

「つまり、豊かさが原因なのではなくて、使命感を醸成させ、試練を与え続ける環境さえあれば、ハングリー精神と強靭さは身につくと思う。だからこそ、グロービス経営大学院では、常に使命感を考えさせて、積極的に試練を得るように言い続けているのだ」、と自らに言い聞かせるように、説明した。

僕は、大学の学長を務める傍ら、子供5人を抱える父親でもある。その立場にいることもあり、常に次のような質問を投げかけ続けてきた。「人間の能力はどうすれば向上するのか?」、「人間の強さ、魅力はどうやって身につくのか?」、と。

そう考えながら、学生、社員、子供たちと接しているのである。僕の一言一言、あるいは与えられた環境設定が、学生、社員、子供たちの成長に影響してくるのである。一言一言が、多くの人々に良い影響を与えるし、悪い影響も与え得るのである。どういう言動が人間の成長に繋がるのかを常に考えなければならないのである。

中條さんとの対談も無事終わり、大盛況の中で懇親会もとり行われた。そして、その2日後には、僕の子供たちが出場する囲碁の団体戦が控えていた。

僕は、この学者の意見を聞く前からも、「愛情があるならば、試練を与え続けるべきだ」と思ってきた。ちょうど、ライオンの親が子供を崖から落とすように、学生、社員、子供たちを崖から落とすような気持ちで試練を与え続ける必要があるのである。なぜならば、試練が無いと成長しないし、精神的な強靭さが身につかないということを認識していたからである。

だからこそ、愛情を持って、常に新たな世界にチャレンジさせていたのである。

子供たちに関しては、そのポリシーで、嫌がる子供たちを無理やり異文化の学校に入れたり、水泳で体を鍛えさせたり、囲碁で頭を鍛えさせたりしていた。つまり、心技体を鍛えさせているのである。

しかし、ただ単に水泳をしたり、英語や囲碁をしても、心的な強靭さは培われない。英語がうまくなり、泳ぐのが速くなり、囲碁が強くなるだけである。それだけでは、不十分なのである。

プレッシャーを受けながら、ぎりぎりの戦いをして、勝って兜の緒を締めて、負けて泣きながら精進することによってのみ、精神的に成長できるのである。負けることも良い薬なのである。

そのためには、目標設定が必要なのである。我が家では、小学校時代は、囲碁で。中学・高校は、スポーツで勝負しろ、と言い続けている。小学生のときに体ができる前に、ギリギリで戦うよりも、小学生時代は、頭と心を鍛えさせ、伸び盛りの中学・高校では、スポーツで体を律して、全国を目指して欲しいと思っているからだ。

囲碁の目標は、次の様に設定した。「子供たち3人が小学校の代表となり、団体戦で都大会を突破して、全国大会で良い成績を収める」、である。長男は、今年で5年生になる。次男が3年生である。そして、待望の三男が今年小学校に入学したのである。

昨年、少年少女囲碁大会に3兄弟で出ることを画策し、直接日本棋院に交渉したが、「未就学生(幼稚園生、保育園生)は、参加できない」との回答を得て、泣く泣く断念した。今年は、3兄弟が同じ小学校に在学しているので、3人一組で、囲碁の団体戦に出場できるのである。(^^)

この大会を目標に、子供たちは、放課後、土日を通して、囲碁の特訓をしてきたのだ。そして、その少年少女囲碁大会の東京都大会が、中條さんのスピーチの2日後の今年2008年5月25日に日本棋院で開催されるのである。

当日の朝となった。子供たちの緊張が伝わってきていた。これが子供たちを成長させる試練だと喜びながらも、小学校代表の引率の保護者としては、気が気でなかった。

その大会の模様は、次のコラム「試練を乗り越えて歩め-その2)東京都大会優勝そして全国大会へ」に続く。


2008年5月27日
NYに行く飛行機の中で執筆
堀義人

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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