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政治家の友達を応援する旅〜(2)日本を良くするために民間でできること

投稿日:2009/08/22更新日:2019/08/21

翌日朝、始発のフレッシュひたちに乗り上野に向かい、上野駅で京浜東北線に乗り換えて大船まで行った。民主党を辞めた浅尾慶一郎氏の応援のためである。浅尾氏とは、20年近くの友人である。浅尾氏が日本興業銀行を辞めて政治家を志したときには、ビックリさせられたが、今回民主党が政権を獲ろうかというタイミングで、次の内閣の防衛大臣の職を投げ出して、衆議院選挙に出馬すると聞いたときも、さらにビックリさせられた。彼のチャレンジ精神には、いつも脱帽させられる。

これまで同様、事務所にソフトドリンクを差し入れした後に、大船駅の東口に向かった。そこで、浅尾氏が街頭演説をしているからである。彼は、青いポロシャツを着たボランティア・スタッフがチラシを配る中で、マイクを片手に演説をしていた。

「三丁目の夕日という映画をご存知でしょうか。あの当時は、貧しいながらも、昨日よりは今日、今日よりは明日が良くなっていくという夢がありました。バブルの崩壊後にもの心がついた20代、30代以の人々は、日本が日に日に低下していることしか知らないのです。今、日本に必要なのは、今日よりも明日がよくなるという夢がある政策である。日本に夢を、日本に朝を(=浅尾)、である」、と。

浅尾氏は、以前から民主党のバラマキ政策には反対であった。それよりも重要なことは、「日本の将来をどう作っていくのかというビジョンと成長戦略である」、というの彼の持論であった。成長なくして高齢化社会を乗り切れないし、世界の中で日本が埋没していくからである。二宮尊徳が言われたように、「まことの救済は、支援を断ち切るところから始まる」のである。場当たり的な生活者支援よりも、次の日本をつくる夢が必要なのである。

僕は、そう頷きながら、彼の後ろに立って、街頭演説に聴き入っていた。すると、おもむろに彼が僕の方に目を向けて、何と次のように言い始めたのである。「東京から応援に来てくれたグロービスという経営大学院の学長である堀義人氏に、ここでマイクを譲りたいと思います」、と。僕は、「えっ」という感じである。

そもそも僕は、街頭演説などしたことが無いのである。浅尾氏の後ろに立って、初めて街頭演説というものを観ていたのだが、通行人は「がんばれよ」と声をかけてくれるものの、誰一人として基本的に立ち止まらないのである。考えてみれば当然である。駅前に来るということは、電車を降りて目的地に向かうのか、駅から電車に乗って目的地に向かうのかという明確な目的がある。そこにたまたま「ウルサイ演説をしている人がいるなぁ、ちょっとウザイなぁ」程度の感覚で通りがかるのである。つまり、政治家側が彼らの通行の邪魔をしているので、彼らが立ち止まって聞く理由など無いのである。僕が今までスピーチをしてきた人々と丸っきり違うのである。しかも、大船駅の平日の朝11時過ぎである。通行人には、グロービスを知っているビジネスパーソンなどいないのである。

「困ったなあ」と言うのが、率直なところであるが、マイクを渡されて断るわけには行かない。政党からの支援がまったく無い友人のためにも、一肌脱ぐことにした。

「大船駅東口を通行中の皆様、こんにちは。浅尾慶一郎の応援に参りました。彼は、世界のダボス会議から、ヤング・グローバル・リーダーにも選ばれるなど、世界的な視野を持っている人です。彼ほど良識を持っている政治家は他にはいません。鎌倉市、逗子市在住の皆様には是非とも彼を国政に送り出してください」、という調子である。

その演説が終わってから再度マイクを浅尾氏に戻し、今度はチラシ配りをすることにした。チラシを街頭で配るなんて初めての経験でもあった。15分ほどすると、浅尾氏がまた演説に疲れるのか、再度僕にマイクを渡してきた。これを、一時間半で5〜6回ぐらい続けて行った。「通行人は、どうせ僕のことを知らないから喋っても意味が無いかも」、と思っていたが、やってみて良く分かったことは、浅尾氏の演説の休憩時間に僕が喋っているということである。知名度が無くても、それなりに役に立っているのである。しかも、浅尾氏は政党から離れているので、幹部の応援がまったく無いのである。だからこそ、応援に行く価値があるのだ。

応援演説が終わった後に、鎌倉市会議員の方と一緒に昼食をともにした。その際に、いろいろと疑問に思っていたことを質問してみた。当然、一番の関心事は、「なぜ今衆議院に鞍替えなのか?」であった。当然、民主党の政策面への疑問もあったのだが、それ以上に次のことが最大の理由であった。

そもそも興銀をやめたあとに、最初に出馬したのは、神奈川4区の衆議院選挙であった。ところが最初は、惜敗し、次の参議院選挙でやっと当選できた。それから毎回衆議院選挙のときに4区への参戦を希望してきたが、「民主党には参議院の議席が重要である」という理由で却下されてきた。前回の衆議院選挙までは、現職が立っていたのでまだ我慢ができたが、今回は、新規候補者を立てることになるのである。民主党に風が吹いているこの時期にこの新規候補者が当選すると二度と浅尾氏に出馬のチャンスは来ないであろう。

執拗に執行部に訴えてきたが、却下され続けた。そして、最後には、「神奈川8区だったら衆議院選挙に出馬してもいい」というのが回答であった。ここで、あの仏のように穏やかな性格を持つ浅尾氏もぶち切れたようである。「参議院が大事と言いながら他の選挙区であればいいとういのは、まったく矛盾しているではないか」、と。

もし僕が同じ立場にあったら、僕もおそらく切れていたであろう。中学、高校と鎌倉市に通い、最初に出馬した縁がある神奈川4区だからこそ、浅尾氏がこだわりを持っているのである。民主党政権ができようかというこのタイミングで、「除名」までされてのゼロからの再出発である。それだけの強いこだわりを持っているのである。是非ともまた応援演説に行きたいと思っている。

浅尾氏の健闘を祈り、別れを告げ、僕は、次の目的地である立川に向かった。京浜東北線で川崎駅まで戻り、川崎から南武線に乗り換え1時間強電車に揺られ立川駅に着き、立川から中央線に乗り換え二駅西に向かい日野市にある豊田駅で降り立った。長島昭久氏の応援に向かうためだ。とは言っても、駅前は閑散としているので、そこで応援するわけではなく、豊田駅で彼と会い激励するために来たのである。しばらくして、「長島昭久です。長島昭久をよろしくお願いします」という声とともに、街宣車が近づいてきた。

駅前に止まったので、彼と握手をしながら、「応援に来たよ」と伝えて、5分ほど立ち話をした。ソフトドリンクの差し入れをする暇もなく、彼は街宣車に乗り込み、マイクを握りながら走り去っていった。彼は、前回は選挙区では敗退し、比例で復活した組である。彼にも是非当選して欲しいと強く思っている。仮に民主党が国政を担うことになったときには、彼のような保守的な考えをしている人物が、政権の中枢には必要なのである。彼も昭和37年の寅年生まれの同い年である。

彼と別れを告げて、特別快速で四ツ谷に戻り、グロービスの本社に戻った。全行程約2日強の友達政治家の応援行脚の旅であった。かなりクタクタとなっていた。

本当は、以下の友達の応援にも行きたかったのだが、今回はスケジュールが合わず断念した。

・千葉1区 たじま要氏(民主党)〜留学時代からの友達である。僕がハーバードに行っていたころに、ウォートンに留学しており、その当時からボストン―フィラデルフィアを行き来していた。NTTのマニラ駐在時代にマニラでも再会している。

・千葉7区 さいとう健氏(自民党)〜同じく僕の留学時代からの友達。僕がハーバードのビジネススクールに行っている時に、さいとうさんはケネディ・スクールに行っていた。前回は、“キャバ嬢旋風”で負けたが、今度こそ雪辱して欲しい。

・神奈川16区 河野太郎(自民党)〜20年以上も前からの勉強会仲間である。奥様は、僕の住友商事の同期の妹である。

是非ともこのコラムを読んでいる方々には、僕の友達の政治家を応援して欲しいと切にお願いする(当然対抗馬の方を応援している方もいらっしゃると思いますが、古くからの友人ということでご容赦ください。m(--)m)。

暑いのか暑くないのかわからない天候の中、政治家の皆さんにとっては長丁場の選挙戦となっている。僕が、一緒に回った感触では、この選挙という活動は、政治家の目を強制的に国民の方に向けさせる良い機会であると思う。一方、国民側が、「何々が欲しい、もっと支援して欲しい、改革はもう嫌だ」という利己的な甘えた要望を出せば出すほど、政治の質が低下していくものと思われる。

10年後、20年後の日本のあるべき姿を論じて、そのために必要な改革を成し遂げられる政治家を政権の中枢に送り出したいと思う。それが、僕ら国民の責務だと思う。

2009年8月13日
夏休みに山小屋で執筆
堀義人

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