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大連ダボス会議参加報告 その4:将来の方向性を占う

投稿日:2007/10/11更新日:2020/01/21

夏のダボス会議の最終日は、久しぶりにプールでの一泳ぎで始まった。それまでは、毎朝のように世界を代表するリーダーとの朝食アポが入っていたのだが、その日の朝はアポも無かったので、比較的のんびりすることができた。

リフレッシュした後に、エクスポセンターまでバスで移動した。セキュリティが厳重なため、タクシーで会場に向かうと、会場がある公園の入り口で降ろされてしまい、結局そこから10分以上歩かなければならないのだ。従い、参加者は皆、バスで移動せざるを得ないのである。

その結果、バスの中では、常に交流が生まれる。僕は毎回、この移動の時間を二人席での「バイラテラル」(二者面談)の場に使わせてもらっている。その朝は、弊社のファンドの投資家が乗車してきたので、横に座りながら意見交換をすることとした。ちょうどその日の朝、この方とバイラテラルのアポを申し込もうかと思っていたので、とてもラッキーな気持ちであった。

僕は、会場に到着後、一目散にある分科会会場に向かった。そのセッションを実際に体験した人が口コミで人を呼び、皆が参加したい人気セッションになっていたのである。早く行かないと入りきれないのだ。

朝10時開始の15分前に滑り込み、ギリギリ入場することができた。僕の二人後ろは、もう会場に入れなくなっていた。物事どこに行っても「早いもの勝ち」なのである。

そのセッションは、「暗闇の中での対話」と呼ばれ、暗闇の中に人間が押し込まれたときに、どのように適応し、コミュニケーションするかを体感することにより、普段使っていない感覚やコミュニケーション力の重要性を認識させる、体験型セッションである。

全体が二部に分かれていた。最初の一時間半は、暗闇の中で過ごす。そして次の一時間は明るい部屋に戻り、感じたことをディスカッション形式で学び合う形式になっていた。前評判が高いだけあって、通常のセッションとは、次元が違う体験ができた。
※日本でも開催されています。「ダイアログインザダーク」。

昼食後の14時からは、宇宙飛行士のセッションに参加した。僕は、ダボス会議などのカンファレンスでは、なるべく実務とかけ離れたセッションに、自らをプッシュして参加することにしている。そうすることにより、人間としての幅を広げようと考えているからだ。

だからこそ、「宇宙飛行士のセッション」なのだ。このセッションでは、実際にロシアの宇宙飛行船「ミール」にアメリカ人として乗船し、数ヶ月間滞在したNASAのジェリー・リネンガー氏の体験を聞く形式になっていた。つまり、完全にスピーチ+Q&Aというオーソドックスなものであった。

一番印象に残ったのは、ジェリーのお父様との会話である。質疑応答の際に、「宇宙に行くと神秘的な体験をするというが、ジェリーの場合はどうだったのか?」との質問に対して、
「宇宙空間の中で、父と一瞬再会できたような感覚があった」と応え、お父様のことを語り始めたのである。

ジェリーは、14歳のときに、「僕lは、宇宙飛行士になるよ」とお父さんに軽い気持ちで言ったら、「息子よ、一生懸命に頑張れば、君なら必ずなれるよ」と励ましてくれた、と言う。その時の言葉が支えとなり、ジェリーは一生懸命に学び、体力をつけ、そして二十数年後には、望みどおり宇宙飛行士になれたのだ。

ミールに乗船した時には、既にお父様は他界していたが、ジェリーが宇宙空間の中でトレッド・ミル(ランニング・マシーン)で走っている時に、飛行船の窓の外に、確かに父親を感じたのだと言う。そのときの状況を話されている時、ジェリーは、感極まって涙を流し始めていた。

会場からは、自然に拍手が沸きあがっていた。

「なせば成る」、である。可能性を信じて、とことんまで努力をすれば、何でも実現するのである。また、「君ならできるよ」、という言葉がもたらすパワーを信じざるを得ない。
父親として、教育に携わるものとして、言葉の重みを痛感させられた。

その宇宙飛行士のセッションをもって、僕の夏のダボス会議での全日程を終えることとなった。
その夜、自分なりにダボス会議を振り返り、印象に残ったことを想起することとした。

1)先ず、印象に残ったのは、ロシア、インド、中東、ブラジルなどの新興国 の存在感の高さである。
当然、開催国の中国がもっとも存在感があるが、新興国から新たなリーダーが輩出されているのを実感することができた。世界は、ものすごい勢いで動いている。米国一極主義あるいは、G8を中心とする先進国中心の時代から、完全に多極型に移行していることが体感できた。

2)一方、欧米諸国がそれでも発言面では突出していた。実際のテーマは、中国であったり、新興国であったり、環境であったり、イノベーションであったり様々である。フランス やとかドイツとか は、日本と同様、話題に上がっていないのだが、彼らは発言をすることによって存在感を発揮している。結局、積極的に発言しているのは、欧米人なのだ。日本人も80名近い参加者はいたのだが、あまり発言をしない。発言をしないと貢献をしていないし、存在していないと一緒のことなのである。ぜひ、活発に意見を出していきたい。

3)中国の本気度と日本の改革の後退
中国では、やるべきことは、全て正しく実行されている気がした。また、今回の会議に臨む本気度・熱意には圧倒された。一方の日本は、小泉内閣のときの勢いは残念ながら無い。成功した起業家へのバッシング、揚げ足取り的なマスコミの論調、改革意欲が後退した内閣の布陣、大きな政府を指向するかのような野党の政策など、あまりポジティブな気分にはなれなかった。

日本人として日本に何が必要なのかを真剣に考えてみようと思った。「エジプトのシャフィク氏のように、必要ならばビジネスの枠を超えて、何らかの活動 を始めるべき時なのだろうか?」、と将来の方向性につき、考え始めていた。

翌日の昼のフライトで、成田に帰る予定であったが、午前中の短い時間も無駄にしたくなかった。そこで初日に、旅順口や二〇三高地に案内してくれた通訳ガイドに連絡を取り、午前中に「大連経済技術開発区」を視察することにした。

翌日の朝8時に運転手と共にガイドさんに、ホテルまで迎えに来てもらい、荷物を積み込み、開発区に向かった。
この開発区は、1984年に創設された新興都市である。「石油化学、設備製造、 電子情報・ソフトウェア、造船の4つの基地を目指す」ことが当初の理念であった。進出している企業は2200社で、日本が580社を占めていた。主だったところでは、キャノン、三菱電機、東芝、セイコーなどがある。

この開発区には22万人、そして周辺地域を合わせると60万人が住んでいるという。大連市とは、モノレールで結ばれていて、幕張メッセの数十倍の規模である。それでも、この大連市は、中国でも8番目ぐらいの都市で、中国の一流都市にはランクされないというから驚かされる。

開発区を過ぎて、黄海に面したビーチである、金石灘(きんせきたん)に向かった。途中下車して、黄海の水に軽く触れてみた。比較的暖かかった。ビーチ沿いには、ロシア人風の大柄の人々が、中国人の中に混じって日光浴を楽しんでいた。

6億年前の奇岩が露出しているという、「金石園」にも立ち寄ってみた。6億年前の岩が表面に露出しているところに、興味がそそられたからだ。
ガイドさんによると、そこには良く当たるという占い師がいるのだという。着いたときには、朝が早かったから不在だったが、帰るときには占い師が来ていた。

僕は、占いは基本的にはやらない性分である。あまり占いに左右されたくないからだ。記憶にあるのが、グロービスを始めた時の一回だけである。

前日までの夏のダボス会議で得た刺激もあったので、将来の方向性について占ってもらうこととした。
実に、15年ぶりの占いである。

占いの結果は、個人的なことなので、コラムでは共有することは控えさせてもらう。
ただ、自分がビジネスや教育の枠を超えて、日本、アジア、世界のために行動する日が近づいているような気がしてきていた。

2007年10月3日
自宅にて執筆
堀義人

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