2017年は『LIFE SHIFT』でリンダ・グラットンが提唱した「人生100年時代」というワードが脚光を浴びた年となった。一方で、人生設計・働き方など未来に対しての不安を様々な場所で聞くようにもなった。100歳まで生き、85歳まで働かなくてはならない時代。私たちは、何を目指して生きればいいのか――不確実性の高い時代の生き方を考えるヒントとなる書籍『SHOE DOG 靴にすべてを。』を紹介したい。
本書はNIKEを生み出したフィル・ナイトが、起業から上場までの約20年間の日々を回想し書き上げた自伝である。ただし、成功者がこれまでのサクセスストーリーを綺麗に纏めあげたものではない。500ページを超える本書に詰まっているものは、1人の人間が新しいことを始めた時の恐怖や不安、間違いや失敗、危機の連続であり、それでも走り続けることを止めなかった信念の強さである。
フィルが日本の靴を輸入し、アメリカで販売するという「馬鹿げたアイディア」を実行へ移す1962年が、物語のスタートラインである。アメリカ人の90%がまだ飛行機に乗ったことがない時代に、少し前まで戦争の敵国であった日本へ何のツテもない24歳の若者が単身乗り込んでいく…。まさしく「馬鹿げたアイディア」を実行に移せた背景には、フィル自身のコンプレックスが大きく起因していた。
学生時代、「偉大な」陸上選手を目指したが、良い選手にしかなれなかったフィル。オレゴン生まれの彼には、荒れ地を切り開いた開拓者精神がアイデンティティとして刻み込まれており、フィルは自身を「負け犬」だと評していた。しかし、この彼が自覚していたコンプレックスが「とにかく負けたくない」という信念に姿を変え、それを原動力として走り始めることができたのである。
日本を初めて訪れた後も、靴紐の上を綱渡りしているような不安定な状態が上場までずっと続いていく。成長につれて厳しくなる資金繰りや次々と登場する成功を邪魔する敵、数えきれない選択ミスなど、通常ならGIVE UPをしたくなるような出来事をフィルは不安と信念の両方を抱えて乗り越えていく。「NIKE」という社名や「スウッシュ(Swoosh)」と呼ばれる有名なロゴも、熟考を重ねたというよりギリギリな状況から、ほぼ閃きで生まれていることには心底驚いた。
誰だってコンプレックスはあるし、失敗したことがない人もいない。自分がなにをやりたいのか定まっていないこともあるだろう。その点では本書のフィルも私たちも同じである。でも、そのような自分を認め、自分を信じ、懸命に目の前のことに励むことで、道が開けていくのだ、と過去を振返りフィルは言う。フィルの「失敗と成功」の物語は、未来は予想するのではなく、自らの手で創るモノであるという示唆をくれ、私たちに大きな勇気とこれからの時代を生きるヒントを与えてくれる。
現在では、CEOとしての一線を退き、会長職に就いているフィル。世間からは成功者としか見られない彼も、本書の結びでは「出来ることなら全てをやり直したい。後悔しかない」と記し、79歳の今も、まだまだ走り続けている様子が伺える。100年時代かどうかは関係なく、生きるということは、ゴールラインのない挑戦だということを、彼自身が体現してくれているのだ。
「人生100年時代」を不安に思う人は多い。でもそのような時こそ、分からない未来に嘆くのでは無く、まずは「自分を認める」というスタートラインに立ってみてはどうだろうか。そうすれば、自然とスタートの合図は聞こえてくるだろう。
『SHOE DOG』
フィル・ナイト (著)
東洋経済新報社
1944円