AI開発において欠かせない機械学習のためのデータをつくる、アノテーションサービスを提供しながら、生活環境や障害などさまざまな事情で一般就労が困難な人々への雇用機会を創出するバオバブ社がインパクト測定・マネジメント(以下IMM:Impact Measurement and Management)を行った。
この取り組みについて、バオバブ代表取締役社長である相良氏と、KIBOW社会投資より同社への投資担当として伴走する松井に聞くインタビュー。前編に続き後編では、同社がこれまで創出してきたインパクトとその発信に力を注ぐ理由、そして今後IMMに取り組む企業へのメッセージを聞いた。
より大きなインパクトを、その決意からこその調達
田村:KIBOWが出資してからは2年半が経ちました。出資前にディスカッションさせていただいていた頃から、事業を通じてどんな社会的インパクトをどのようにつくっていくのか、意識、あるいは言語化されていらっしゃいましたか。
相良:バオバブのホームページのトップには、「誰もがその人らしくいることが受け入れられ、人生の選択肢が開かれている社会へ」というミッションが書かれています。これ自体は2010年の創業時からぼんやりとながら1日たりとも欠かさず考えていましたが、言語化し、ロジックモデルとして組み立てられていたかというと、KIBOWさんから出資いただくまではしていませんでした。
ですが、今考えると、意識し、言語化しようと思ったからこそ、出資いただくことにしたとも言えると思います。
外的な資金をお預かりするということは、経営者として相当に覚悟が必要です。説明責任も生じますし、デューデリジェンスなど煩雑なプロセスもこなしていかねばならない。それでも出資をいただこうと考えたのは、「どうせ自閉症の人たちとかって仕事できないんでしょ」という、今なお一般的な認識を変えたいからです。だからこそ事業としてドライブをかけ、社会を良くし、喜ぶ人たちを倍々にしていこう。そのために、私たちは何のために存在している、どういう会社なのかを言語化し、旗を掲げることによって仲間をつくり、インパクトを広げていこう。そう決めたのが、KIBOWさんにご出資を頂戴したあのときだと思います。
真似してほしいとの想いで取り組んだ発信活動
松井:出資前のタイミングには、KIBOW側でもロジックモデルをつくっていきました。振り返ると今とは異なる内容ではあるのですが、最初から基軸になっていたことのひとつに「いかに発信するか」があったと強烈に感じています。
田村:人工知能学会や言語処理学会などへの協賛で露出しつつ、寄稿、あるいはComputer Vision and Pattern Recognition Conference (CVPR)での論文採択などを通じ発信されています。
特に『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー[i] 日本版』(SSIR-J)への論文掲載は、2021年に創刊された当時から「絶対にバオバブを載せたい」と相良さんがおっしゃっていたとか。なぜここに載りたいと思われたのか、当時の課題意識について教えてください。
相良:先ほどもお話したような、Baopart本人や周囲に起きた変化の話を直に聞いていて、単純にこういった世界になればいいな、と思いました。必ずしも彼らが社会とつながる手段はアノテーションじゃなくてもいい。けれども、私たちの取り組みを言語化・体系化して伝えることで、これを応用した取り組みが波及すれば、自分って素晴らしいんだと確信が持てる、社会とつながっていると実感している人たちが増えて、世界は素晴らしくなるんじゃないか。単純にそう思ったというだけなんです。
田村:それが海外にもネットワークがあるSSIR-Jだったということですね。
相良:2022年11月に寄稿した論文中では、バオバブの社会的価値を、6つの価値に分けて体系化し、フレームワークとして提示しました。
実はこの体系化にあたって行ったのが、前編まででお話ししたサーベイのもとにもなったインタビューとワークショップです。
これを論文として公表することで、ほかの人たちに応用して真似してほしいという想いがありました。
形骸化させることなく、インパクトの更なる向上に取り組む
田村:今後、バオバブの取り組みを自らに応用したいと考える企業はたくさん出てくるかと思います。その上で、このIMMの取り組みというのはどんなところに気をつけるべきなのか。お2人からポイントを改めて教えていただくと共に、IMMに取り組む企業に対してメッセージを頂けますか。
相良:今回のわたしたちのサーベイでは概ねいい結果が得られましたが、取り組み内容によってはどうしてもいい結果とはならない団体もたくさんあると思います。ソーシャルベンチャーやNPOを立ち上げる方々は、熱い想いと高い理想を抱いて立ち上げるのだと思いますが、実際のところ必ずしもうまくいかないのが日常茶飯事です。常に迷うことや悩むことがある中で、とにかくきれいなものを出したいというのは、誰もが思うことだと思います。
しかしここでお伝えしたいのは、失敗したり良くないことがあったりしても当たり前だということ。そしてそれでもなぜこのしんどい取り組みをやるのかというと、やっぱり自分たちは何のために存在しているのかを社会に提示していくためにだと思う、ということです。だからこそ、自分たちが創出するインパクトとは何かを問い、言語化し、体系化する。そしてそれを定量化し示していく。このチャレンジをしていく強さが必要なのだと思います。
それからもうひとつ、投資家からお金をお預かりしている以上、事業のインパクトを見えるかたちで掲示し続けなければいけません。この結果はそのために活用できますが、これを形骸化させてもいけない。今後のオペレーション・運用次第とも考えていますね。
松井:測ること自体が、良い数字を出すこと自体が目的ではありません。自分たちの目指すことが実現できているかを見るためのものであるということは、投資家側である僕もまた、自戒したいと思います。少し文学的に言うと「魂の込めた運用」で定点観測しながら、形骸化させることなく、自分たちが創出するインパクトの更なる向上に取り組んでほしいと思います。
田村:数字は特にそうですが、インパクトというものは当然、自分が思い描いたようにすぐ出るとは限らない。でもバオバブさんあるいは相良さんのように、投資家や周囲をうまく巻き込んでいきながら、ブレずに突き進むことが社会課題を解決していく上で重要なのだとあらためて思いました。KIBOWも今後ともパートナーとして、一緒に歩んでいければと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
[i] スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー:スタンフォード大学で創刊された、企業や行政、NPO、学校、特定の地域などで社会課題に取り組むリーダー向けの雑誌・WEBメディア。