「リーダー」「チャレンジャー」「フォロワー」「ニッチャー」は、言わずと知れた、コトラーの“市場地位に応じた戦略”の4分類だ。このうちニッチャーの元となったニッチ(Niche)と言う言葉、もともとは生物学の世界で使われていたものがマーケティング用語として広まったのはご存じだろうか。
ニッチとは、本来は装飾品を飾るために寺院などの壁面に設けたくぼみを意味する言葉だが、やがてそれが転じて、生物学の分野で「ある生物種が生息する範囲の環境」という意味で使わるようになった。
小さな虫や、かよわい小動物、自分では移動できない草花たちが、自分たちのニッチを求めて驚くべき戦略を編み出してきたことを本書はふんだんな事例をもって紹介している。群れる、逃げる、隠れる、ずらす――彼ら「弱者」の生存戦略は実にイノベーティブであり、またそのために自らの形状や生態を絶妙に進化させてきた。
たとえば、「時速100キロで走るチーターから逃げ切るには?」。獲物となるガゼルは、直線に逃げるのではなく、ステップを踏んでジグザグに走ることで、チーターの強み(最高速度)を殺している。チョウチョウが直線ではなくヒラヒラと不規則に飛ぶのも、鳥から捕食されにくくしている。「強いものは単純に。弱い者は複雑に」これが彼らから学べる勝負の鉄則だと筆者は説く。企業が経営戦略を講じる際に、こうした自然界の生存戦略から何かヒントを得ることができるのではないだろうか。
自然界から学べる経営の定石はまだまだある。ナマケモノが動かないのも、カゲロウの成虫の寿命がたった1日なのも、トナカイが無駄に大きな角を持つのも、すべてそれぞれに弱者の戦略の表れである。シマウマは群れることによって、
これは企業の経営にも共通する話ではないか。市場シェアが低く経営リソースも脆弱な企業がリーダー企業に真っ向勝負を挑んで勝とうとしても、リーダーが本気で対抗してきた途端に容易に捻り潰されてしまうかもしれない。ではどうすべきか。自然界の中で淘汰されずに生き延び続けた優秀な戦略家たちに目を向けてみよう。彼らはこの自然界をジグソーパズルのようなニッチに細分化し、それぞれのニッチの中で何万年と勝ち続けてきた。そこでは「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのである」。
マーケティング用語におけるニッチとは、規模は小さいがナンバーワンになれる市場である。空や陸や水中でもない「水面」という絶妙なポジショニングで生きるアメンボのように、我々も常に競合のいないフィールドを探し続けている。自然界では、ナンバーワンかつオンリーワンになれるニッチを獲得した弱者のみが生き残ることができ、中途半端は淘汰される。土の中で生きるべく手足や目を進化の過程で削ぎ落したミミズのように、徹底した環境への適応が求められる。そのルールはどうやら我々人間のビジネス界よりも厳しそうだ。
本書を読むと、しばらくは経営のたとえ話が虫や小動物や草花の話ばかりになってしまうかもしれない。そのくらい、経営の示唆に富んだ1冊である。
『弱者の戦略』
稲垣栄洋(著)新潮社
1188円