ベンチャーブームと言われて久しい。日本でも起業が増えてきたという話をよく聞くし、斬新なビジネスモデルを持つベンチャーも目につくようになった。ゆえに起業家の成功確率は上がったと思っている方も多いだろう。
しかし、自身が2度の起業を体験し、最近では起業家育成の第一人者と目される和波俊久氏は、そんなことは全くないという。本書では、日本における起業のハードルは未だに高いままで、起業を成功に導くはずのビジネスモデルがむしろ失敗の原因になっている、と指摘する。
和波氏は本書で、ビジネスモデル症候群の症状として、(1)バイアス、(2)ヒューリスティック、(3)経営破綻、(4)手段の目的化、(5)失敗のループの5つを上げている。それぞれ詳細には立ち入らないが、5つに共通するのは、「アイディアに固執してしまう」という点だ。
例えば、最近よく話題になるリーン・スタートアップという起業の方法論では、初期のビジネスアイディアは顧客インタビューなどを通じて「仮説検証」すべきとされている。これ自体は効率的で正しいのだが、実際に和波氏が起業家の行動を観察したところ、起業家は自分のアイディアに都合のよい情報だけを顧客から集め、それ以外の情報は無視してしまうことがわかった。自分のアイディアの正しさが証明されてほしいという強い願いが人間の五感にまで影響して、正常な状態から逸脱してしまうというのだ。これは心理学でいう「確証バイアス」というもので、避けるのは非常に難しい。
起業家への知的支援が必要
本書を読んで、改めて日本の起業家支援を振り返ってみた。日本の起業支援環境は、果たして整ってきているのだろうか。近年の日本の起業環境についてまず感じるのは、ベンチャーに対して出資するVC(ベンチャー・キャピタリスト)のファンドはここ数年でかなり充実してきた、ということだ。2016年に設立されたVCのファンド総額は2763億円に上った(ジャパンベンチャーリサーチ調べ)。特に、シードステージと呼ばれる初期の資金調達はかつてよりも容易になった。起業家に対する経済的支援は豊かになったと感じる。
一方で、日本では起業を経験したVCが少なく、金融機関の出身者が多い。最近では大企業の担当者が設立したCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)も増えている。起業家が投資家に回ることの多いアメリカと比較すると、起業経験のあるメンターの知見を起業家が知り、経営に活かす機会は少ないように感じる。言わば、知的支援は十分ではないという状況だ。
起業家への知的支援が充実していない状況で経済的支援だけが増えるのは、実は危険だ。ビジネスモデル症候群に陥った起業家が投資家から出資を受けてしまうと、未成熟な事業アイディアに経営責任を負うことになり、後から苦しい思いをすることになる。メディアには成功した起業家しか登場しないので気づきにくいが、こうした状況に陥って潰れてしまう起業家も実は多い。日本に起業が根付くために、知的支援が充足することを期待したい。
なお、本書にはビジネスモデル症候群を回避するための処方箋もちゃんと書かれている。起業を考えている方には、ぜひ一読をお薦めする。
『ビジネスモデル症候群』
和波俊久(著)
技術評論社
1814円