経営者は何のために上場し、投資家や株価とどう向き合っていくべきか――2000年代前半に東京スタイルやニッポン放送、阪神電鉄を舞台に「もの言う投資家」として注目を浴び、その後インサイダー取引の容疑で逮捕された著者。逮捕から10年以上経ち、今でこそコーポレートガバナンスの意識が徐々に高まりつつあるが、著者は当時どんな視点で、何を考え「もの言う投資家」としての行動をとっていたのだろうか。その根底にある著者の投資哲学や上場企業のあるべき姿像は、経営者に留まらず、上場企業あるいは上場を目指す企業に所属するすべての方にとっての示唆にあふれている。
そもそも、上場するとはどういうことなのだろうか。上場を通じて私企業が「公器」になる。市場において株式は広く一般に売買できる=誰でも株主になれるようになり、思い通りに株主を選んだりはできない。そして、企業の経営方針は株主総会を通して株主が決めると法的に定められていて、経営者が好き勝手なことを行うことはできなくなる。それが株式市場におけるルールである。
本書の中でもっとも興味深かったのは第3章から第5章。当時話題となったニッポン放送等とのやり取りが赤裸々に記されている。当時の私はまだまだ無知で、著者を金の亡者的に捉えていたが、著者に対する認識が大きく変わった。もちろん、当事者の一人である著者の立場からの記述であり、その分は割り引いて読み取る必要はあるが、書かれている内容は前述した株式市場という世界の中では正論とも言える。
著者の介入前の各社の状態は、上場企業であるにも関わらず株式市場のルールや投資家を軽視した経営を行っていたことは否めない。著者のとった方法そのものは賛否が分かれるが、日本企業のガバナンスのあり方に対して、信念を持って問いかけた著者の行動は素直に共感ができた。
さて、私は財務領域の講師として経営人材、あるいは経営人材候補の方々と接する機会を多くいただいている。その中で痛切に感じるのは、多くの受講者が、事業サイドの意識は高いものの、資金調達サイドの意識が低い傾向にあるということだ。事業を継続・拡大するにあたっては、投資資金は必要であるが、その資金をどこからどう調達するのかを意識する機会自体があまりない。
その影響もあってか、株式市場の仕組み、そこにいる投資家の視点や考え方に対する理解が十分ではないと感じることが多い。さらに言うと、結果としてIRを通じた投資家に対するコミュニケーションが不十分・不適切となり、本来企業が持つ力が正しく評価されず、株価が割安になってしまっている企業があるように感じている。
本書を読めば、少なくとも、上場する/しているとはどういうことか、どんなルールのもとにいるのか、その中の投資家が何を求め、何を以て評価しているのかの一端を知ることができるだろう。
もちろん、考え方そのものに賛成するかどうかは個人の価値観による(個人的には、もっと平和的なアプローチもあると思っていて、私自身全面的に賛成というわけではない)。ただし、本書を熟読し、こんな考え方があるということを認識することは、上場企業(あるいは上場を目指す企業)で働く方々にとって必要不可欠ではないだろうか。
『生涯投資家』
村上世彰(著)
文藝春秋
1700円(税込1836円)