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「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」 (Netflix)は21世紀のキリスト教映画 海外ポップカルチャーから学ぶ世界の価値観#10

投稿日:2023/02/13

目次

2022年末に公開された映画、「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」(Netflix)が2023年の賞レースで高い評価[1]を受けている。本作は、タイトルからわかる通り、有名な児童文学「ピノッキオの冒険」を、実力派映画監督、ギレルモ・デル・トロが語りなおした[2]作品だ。家族で楽しめる親しみやすい内容でありながら、深遠な人生のテーマが織り込まれている。ストップモーションアニメーションの技法で作られており美術面でも驚異的な高みを達成した。

ギレルモ・デル・トロ監督(以下、デル・トロ)は映画『シェイプ・オブ・ウォーター』で2018年のアカデミー賞作品賞・監督賞をダブル受賞している。これまで多くの作品を発表しており、暗いファンタジー調を得意とし、弱者や異形のものに寄り添う主題を多く扱ってきた。メキシコ出身で、そのルーツを感じさせる作品作りでも知られている。

デル・トロのピノッキオは「キリスト」の現代的語り直し

デル・トロによって語り直されたピノキオのストーリーや表現には過去のピノキオ作品と異なる大きな特徴がある。端的に言えば、デル・トロは、今回、主人公ピノッキオのキャラクターそのものを明らかに「キリスト」になぞらえて語っているのだ。

「ピノッキオの冒険」の原作は19世紀終盤、イタリアの作家、カルロ・コッローディによって書かれた。原作の段階から、意識的・無意識的にキリスト教の影響が濃い作品であることは指摘されている。この点は、光文社古典新訳文庫の大岡玲氏の解説に詳しい。

そもそも、ピノッキオ誕生のストーリー上の設定が、キリスト教的な世界観を示している。ピノッキオはジュゼッペ爺さんによって、人形として作り出された。ジュゼッペは、ヨセフのイタリア語読みであり、新約聖書におけるキリストの「父」[3]と同じ名前である。そして、映画内で、人形であるピノッキオに命を吹き込むのは「精霊」だ。この時点で、キリスト教の主要な教義である三位一体説(父なる神、子であるキリスト、聖霊が一体であるとの考え方)がおぼろげに暗示[4]されていると読み取れる。映画内ではこのあたりの直接的な説明は全くないものの、キリスト教世界の常識を知る人には明らかな暗喩であろう。

デル・トロ版のピノッキオでは、原作よりもさらにわかりやすく、ある意味露骨に、ピノッキオとキリストを結びつける表現が多数登場する。作中に登場するキリスト像とピノキオは同じタイプの木材(マツ)で作られていること、像とピノッキオは同じ方の腕が故障すること、処刑されそうになり十字架に架かること、「永遠の負担(burden)を背負う」とのセリフ、などが、本作オリジナルのアレンジとして登場している。仮説ではあるが、21世紀になり、キリスト教圏の国であっても宗教性が薄れてきているとされるなかで、より「伝わりやすいかたち」で語る選択を監督はしたのではないだろうか。

キリスト教的常識は西洋社会の前提

本作では比較的分かりやすくキリスト性が表現されている、と書いた。しかし、普通の日本人が見て、そのように理解できるかはわからない。十分に理解するためには作品を丹念に見るだけでは限界があり、キリスト教についての知識をあらかじめ持っている必要がある。これらの知識は西洋社会では、ある程度「常識」として共有されているものであり、作中や日常生活では細かく説明されない。

日本と異なる文化・社会の前提までを勉強しておく必要があるかどうかは個人の判断だろう。しかし、グローバル社会のなかでキリスト教文明圏の基本的考え方を知るのはとても重要だと思う。多極化する世界の中ではあるが、キリスト教文明圏は、近代産業社会や資本主義、人権といった概念を生み出してきた。一番根底の層にあるOS(オペレーティングシステム)のようなものと言える。同じエンターテイメント作品を見ても、そこから読み取れるものが深いほど、異なる文化に属する人との議論の幅が広がるはずである。キリスト教的教養をおさえておくには、読みやすい形となっている聖書を読んだり、キリスト教についての解説本[5]を読んだりすることで十分可能だ。

デル・トロ監督が自身の新バージョンに込めたメッセージ

今回は、デル・トロ版ピノッキオを表層を超えて深層まで楽しむ一つの補助線として「キリスト教性」に焦点を当てた。

なお、監督が既成宗教としてのキリスト教(カトリック)[6]を伝道するために本作を作ったのか、というと、そうではなさそうだ。このように感じるのは、映画内のカトリックの神父の描かれ方による。詳細はここでは省くのでぜひ作品を見て考えてほしい。

また、この作品のメッセージは宗教のみでなく、多岐にわたっている。父子関係と自立、ファシズム、生命。有名な童話のストーリーを残しながら、よくぞここまで現代の課題に迫るアレンジをしたものだ、と驚かされる作品だ。

これもオススメ

映画「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017)

怪獣・ファンタジー系で、メキシコ人で、などの理由で、かならずしも「ハリウッドの主流」とは見なされてこなかったギレルモ・デル・トロ監督が、メインストリームの第一人者として評価された記念碑的な作品。実は、込められたメッセージの点で「デル・トロ版ピノッキオ」と多くの共通点があるため、両作を比較して見るのがオススメです。監督の強い信念を感じます。ただし、ピノッキオはファミリー向け、こちらは大人向けです。なお「魚人」が出てきますが、歴史・文化的には、魚もキリスト教のシンボルであり、この設定は意図的なものと思われます。


[1] 2023年1月のゴールデングローブ賞にて長編アニメーション賞を受賞。https://netofuli.com/news-779/

[2] 共同監督としてマーク・グスタフソン。デル・トロは共同原案・共同脚本も担当しており、デル・トロの「作品」である、との色は極めて強い。

[3] ヨセフは、キリストを産んだマリアの「夫」。マリアは処女懐胎とされるので、カギカッコ付の父である。なお、職業は大工であり、本作のジュゼッペ爺さんの仕事と符号している。

[4] 実際には、この物語の「精霊」と三位一体説の「聖霊」とは意味的に異なる存在ではあるが、大きなところで、三つが存在する構造を暗示していると捉えてよいだろう。

[5] 例として『まんがで読破 新約聖書』(イースト・プレス)。橋爪大三郎・大澤真幸『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)。橋爪大三郎『はじめての聖書(14歳の世渡り術)』

[6] ギレルモ・デル・トロは、2022年のインタビューで自身と信仰の関わりについて「制度・組織としてのカトリックからは離脱した(lapsed)が、信条は捨てていない」と表現している。https://www.wmfe.org/2022-12-10/guillermo-del-toro-says-making-his-pinocchio-was-healing

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