「幸せ」は科学できるか?
「どうすれば幸せになれるのか」
誰しも一度は考えたことのある、人生最大のテーマだ。この問いに、真っ向から向き合ったのが本書である。
幸福研究に関する書籍を多数上梓している著者の前野氏は、もとはロボット工学者である。科学技術の進歩が人の幸福につながると信じて研究を進めてきた。
だが、ある時、次の事実に衝撃を受けたという。それは、日本のGDPが50年間で6倍になったにも関わらず、幸福度の指標のひとつである生活満足度が横ばいであるという事実だ。
科学技術は、人を幸せにできたのだろうか。そんな問題意識から前野氏の幸福研究は始まった。
彼の研究のユニークネスは、普段の生活に活かせることを追求した点だ。いかにも工学者らしい発想だ。人が幸せになるための基本メカニズムを明らかにし、幸福になるためのモデルを作るべく続けた。
研究の結果、彼が導き出したのが「幸せの四つの因子」というものだ。
四つの因子を満たせば、誰しも幸せになれる
「幸せの四つの因子」とは、(1)自己実現と成長、(2)つながりと感謝、(3)前向きと楽観、(4)独立と自分らしさ、だ。幸福感が高い人は、この四つの因子を有しているという。馴染みを持てるように、前野氏はそれぞれの因子に、(1)「やってみよう!因子」、(2)「ありがとう!因子」、(3)「なんとかなる!因子」、(4)「あなたらしく!因子」と名付けた。内容は次の通りだ。
- 第1因子: 「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)
社会の要請に対して、自身の強みを活かし、より良い自分になるために努力している人の特徴を表した因子。
- 第2因子: 「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)
自分のことを大切に思ってくれる人がいて、自分自身も他者に感謝し、親切にしている人の特徴を表した因子。
- 第3因子: 「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)
楽観的でポジティブであり、積極的に他人と関係を築き、多くのことに達成感があるという人の特徴を表した因子。
- 第4因子: 「あなたらしく!」因子(独立と自分らしさの因子)
他人と自分を比較しない傾向や、他人の目を気にせずに、自分をしっかりと持っている人の特徴を表した因子。
さて、四つの因子にどんな印象を持つだろうか。自分はすべて満たすことなんてできない、と思う方もいるのではないだろうか。
安心して欲しい。前野氏も、四つの因子はあくまで幸福の全体像を俯瞰する視点に過ぎないという。いわば幸福の“型”のようなものであって、守破離の如く、モデルを理解し、実践し、腑に落ちたら、離れて欲しいと勧めている。
我々は「幸福」とどう向き合うべきか
本書の最終章では、「幸福」という観点から、日本や世界はどうあるべきかが論じられる。
近年、ビジネスの世界ではウェルビーイング(Well-being)が注目を集める。生産性や創造性といった要素と強い相関がある点も、ビジネスの世界で注目を集める理由のひとつだ。しかし、そうした注目度に反して、企業における取り組みは一部に留まっている。本書ではこうした現状を踏まえ、警鐘を鳴らす――成熟社会である今、追い求めるべきは進歩主義による短期的な成長性ではなく、長期的な持続性ではないか。我々はそうした時代認識を変えるべきではないか、と。
幸福と聞くと少し壮大なテーマに感じるかもしれないが、これはビジネスパーソンとしてのキャリアにも通じる話だ。ビジネスパーソンとして独り立ちするためには、がむしゃらになり、仕事に打ち込む時間が間違いなく必要だ。だが、そうして仕事に打ち込むことで生じる一種の短期的な快感や高揚感を得ることが目的化してしまい、自身の中長期的なありたい像を見失った結果、疲弊してしまったという場面に遭遇した経験をお持ちの方もいるだろう。
会社も個人も、成果を上げ続けることはもちろん重要だが、忘れてはいけないのは、目先の快楽だけを求めてはいけないということだ。そうではなく、人生100年時代である今、我々が大事にしたいのは持続的な幸福ではないだろうか。ウェルビーイングは、短期的に売上や業務効率に結びつくものではない。長期的に見て、生産性や創造性を上げ、企業価値の向上を期待するものである。そのためのヒントを、ぜひ本書から得てみて欲しい。
『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』
著者:前野 隆司 発行日:2013/12/18 価格:990円 発行元:講談社現代新書