経済学はビジネスに役立つのだろうか――本書のタイトルは『ビジネス現場で役立つ経済を見る眼』だが、「経済学を知らなくても仕事で困っていない」というビジネスパーソンからの反論が聞こえてきそうである。
しかし、著者は「実は知らない間に経済学の論理の切れ端を使って考えているから、意識して経済学を使えるようになると益々様々なことに役立つ」と断言する。そして、難しい数式は一切使わず、経済現象をどのような視点で考えるのが適切か、その枠組み(=経済を見る眼)を紹介している。
「経済を見る眼」が身につくメリットは3つある。まず、経済学の思考の根本原理はコスト合理性で、「コストはどちらが安いか」という基準をもとに緻密に考えられるようになること。次に、仕事の回り方を見る視点の「高度」を上げてくれ、大きな観点から企業の現場を見ることができるようになること。最後に、身の回りの経済現象を出発点に、回り回って結局どこに事態が収束しそうか、「事の展開の落ち着き先」を考える思考の枠組みを手に入れられることである。
例えば普段何気なく使っている「競争」という言葉。著者はまず、「競争とはそもそも何なのか。どんな役割や機能を果たしているから、これほどまでに市場メカニズムにとって大切と思われているのか」と読者に問いかける。詳細は本書を読んでいただくとして、実は競争には取り合いの競争(規律重視型)と比較の競争(相互作用重視型)の2種類があり、その競争環境の違いが産業や企業に影響を与え、さらには日米企業の利益率に格差が生ずると言う。こうした「経済を見る眼」を持つことで、グローバル競争時代に日本企業がどう立ちまわるべきか等、仕事する上での視点が一段も二段も高まるだろう。
私自身、日々の仕事の中で「経済を見る眼」を持つことの効用を実感することも多い。例えば、クライアントの経営課題や組織課題について議論する場面。ある事象を短期的表面的に捉えて問題とするのではなく、なぜその問題が起きているのか、どういうメカニズムで起きているのか、マクロ・ミクロの両面を踏まえながら意見を述べることで、ディスカッションパートナーとして先方役員から信頼を得ることも多い。また、前職時代に銀行から飲料メーカーに業務出向した時のこと。扱う商品やマーケットは当然異なるが、経営の裏側にある経済現象を読み解く枠組みは大きくは変わらないため、出向先でも冷静に対処できたのを覚えている。
つまり、経済学は世界の共通言語であり、「経済を見る眼」を養うことは、どの地域・業界・企業で働く場合でも、読者にとって有益な武器になるであろう。
最後に、経済に対する著者のユニークな視点を強調して締め括りたい。経済は人間の行動の集積の結果としてその動きが決まってくるものであるから、人間の感情の論理を無視して経済を考えることはできない。人間を見つめることが、「経済を見る眼」を持つための原点である。経済学とは人間の研究なのである。
『ビジネス現場で役立つ経済を見る眼』
伊丹敬之(著)
東洋経済新報社
1800円(税込1944円)