取締役への期待
取締役の役割が改めて注目されている。近頃、そのようなことを感じた。理由は二つある。
一つは、知人が社外取締役に就任したという話をよく耳にするようになったことである。コーポレートガバナンス・コードにおいて求められる独立社外取締役の確保や取締役会のダイバーシティの推進、専門的な知識や経験の活用など、取締役就任の理由は様々であるが、その企業の経営に良い影響を与えることが期待されていることは共通している。取締役によって経営に違いが生じ、その企業のことをよく知る社内の人材だけではなく、広く社外から募ることで、より良い経営を実現できると考えられている証左であろう。
もう一つは、社外取締役に就任した知人や、アドバイザーなど社外の立場で取締役会に参加する方など複数人から、取締役会をいかに機能させるかが重要な課題だ、という話を聞いたことである。経営のトレーニングを受けずに就任してしまった取締役が多数を占める取締役会では、共通の言語や様式を持つことができないために議論が成立せず、取締役会が機能しないことがあるそうだ。そのため、取締役会のファシリテーションを外注している企業もあるのだ。経営大学院では未来の経営者を育てているが、現在の経営者にこそ経営教育が必要な状況があるようだ。
企業の経営に大きな影響を与えると考えられている取締役と従業員は、何が違うのだろうか。サラリーマンの出世のゴールが取締役──。かつてそんな時代があったと言われている。部長の上司が取締役、くらいの認識を持っている人がいたのは事実だろう。少なくとも社会人になりたての私はそうだった。取締役と従業員はまったく異なるものと理解したのは、ずっと後になってからのことである。
取締役の役割とは
取締役が従業員の延長線にあるものではないとするならば、その役割は何か。その問いに対する回答を示してくれるのが本書である。「取締役の必須科目」について解説し、その「義務と責任」を理解するための本だと著者は述べている。
本書の特徴はストーリー仕立てになっている点である。取締役に関する法律事項を説明する本はたくさんある(著者にも『取締役の法律知識』という読みやすい入門書があり、これも本書の次にお薦めである)。しかし、法律の解説書は取締役について知りたいときに最初に読む本としてはとっつきにくい面がある。本書はエピソードを交えながら取締役の役割の解説を読み進めることができるため、その実像を把握しやすく、非常に理解しやすい。最初に読むには最良の本である。
本書の主人公は従業員から取締役に就任する。主人公が直面する様々な試練を通じて、「善管注意義務」「経営判断原則」「説明責任」など、取締役の果たすべき職責について理解を深めることができる。それはまさに取締役と従業員の違いの理解につながる。
一番大きな違いは「善管注意義務」だと著者は述べている。これは、「プロフェッショナル(プロ)の水準に照らして恥ずかしくない注意を払う誠実さ」だと説明している。では、取締役は何のプロなのか? 取締役は経営のプロである。経営のプロであるからこそ、企業の経営に大きな影響を与えることができると考えられ、社内で充足できない部分に対し社外から広く人材を募ろうとなるのである。
経営のプロに求められる役割は広く、責任も重い。その分やりがいも大きい。それが取締役である。ストーリーを通じて、それを著者は伝えたかったのではないだろうか。取締役の役割を平易に理解したい人はもちろん、経営のプロとして取締役を目指す人にも読んでもらいたい一冊である。
『取締役物語〈第2版〉 花と嵐の一年』
著者:中島 茂 発行日:2022/05/11 価格:2,640円 発行元:中央経済社