今年3月発売の『起業の失敗大全』から6章「スピードトラップ」の一部を紹介します。
ある程度の規模にまで成長したベンチャー企業であっても、レイタ―ステージでつまずくことがあります。その大きな要因の1つがスピードトラップ(スピードの罠)です。特に多いのは、投資家から急成長のプレッシャーをかけられているベンチャー企業が成長を急いだあまり、市場が早期に飽和し競争が激化するとともに、社内に必要なリソースが獲得できないというものです。
リソースが仮に調達できたとしても、部署間で不和が生まれ、オペレーションが滞ることがあります。この罠はさまざまな要素が絡み合うことで発生し、原因も多岐にわたります。それゆえ、大きなダメージを与えることが少なくありません。ただ、中にいる人間にとって、自社の成長が速すぎるかどうかを判断するのは非常に難しいことです。だからこそ、冷静な視点をもって、自社の現状を適切に把握することが大切なのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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スピードトラップとは?
急速な上昇、急速な下降。持続不可能なペースで拡大した(フラッシュセールサイトの)ファブは、他の多くのスタートアップと同様、「スピードトラップ」に陥りました。スピードトラップとは、次のようなものです。
ステップ1:機会の発見
起業家は、特定の顧客層に向けた、満たされていない強いニーズに対する斬新なソリューションを見出します。ファブの日替わりセールは、(共同創業者の)シェルハマーと同じ嗜好を持ち、個性的な商品を探している買い物客のニーズを満たすものでした。
ステップ2:強力な初期の成長
拡大の原動力となるのは、アーリーアダプターによるクチコミであり、ときには強力なネットワーク効果です。ファブはこの段階でネットワーク効果を享受していましたが、時間の経過とともにその効果は弱まりました。
ステップ3:資金調達の成功
成長によって、継続的な拡大を期待する、熱心な投資家が集まります。(共同創業者の)ゴールドバーグのようなカリスマ的起業家が、目を見張るようなビジョンを投資家に示すことができれば、ベンチャー企業のバリュエーションは急上昇します。
ステップ4:競合の登場
成長は競合を引き寄せます。バマラングのようなスタートアップのクローン(模倣)もいれば、アマゾンのような巨大企業もいるでしょう。「眠れるドラゴン」が動き出すかもしれません。
ステップ5:飽和
2012年のファブのように、スタートアップは自社の提供価値に最も強く惹かれている顧客の層を飽和させます。次の見込み客を獲得するためには、大々的に広告を打ち、手厚いプロモーションを展開しなければなりません。顧客獲得コスト(CAC)が上昇する一方で、顧客生涯価値(LTV)は低下します。
ステップ6:人材確保のボトルネック
規模拡大をするためには、多くの従業員を雇用しなければなりません。しかし、多くの有能な人材を見つけることは難しく、たとえ十分な数の人材を雇用したとしても、すぐにトレーニングを行うことは難しいでしょう。いずれにしても、有能な人材は不足しており、その結果、プロダクトの検査が行われなかったり、出荷ミスが起きたり、顧客からのメールに返信できなかったりすることがあります。その点については、ファブは大きな問題を回避することができました。
ステップ7:追加された構造
大規模で機能的に特化した労働力を調整するには、1)関連する専門知識を持ったシニアマネジャー、2)計画とパフォーマンスの監視のための情報システムと正式なプロセス、が必要です。例えばファブは、在庫を内部で持ち、自社で家具の製造を始めたことで、業務がかなり複雑になりました。規模を拡大するスタートアップは、このより複雑な一連の活動を調整するための、マネジメント人材、組織構造、情報システムを獲得しなければなりません。それはとても大変なことです。
ステップ8:社内の不和
人数の急激な増加や専門部隊の拡大は、対立や士気の問題、企業文化の毀損を招きます。例えば、営業はマーケティングが提供するリード顧客の質に不満を持ち、マーケティングはエンジニアリングが約束した新機能の提供が遅いことに不満を持つのです。ファブも、対立する部署ごとのサブカルチャーに悩まされました。
ステップ9:倫理的な過ち
成長を持続させなければならないという強いプレッシャーから、起業家が法律や規制、倫理面で手抜きをしてしまうことがあります。例えばウーバーは、従業員に、競合であるリフトへの乗車を予約してからキャンセルすることを奨めたとして告発されました。ファブは、このような倫理的な問題は回避しました。
ステップ10:投資家のアラーム
ベンチャー企業が現金を使い果たすと、バリュエーションが下がります。ストックオプションの価値がなくなり、社員は退社します。投資家は資金投入を渋るようになります。もし既存の投資家がベンチャー企業に救いの手を差し伸べてくれるとしたら、その投資家は大量の新株を要求し、上級管理職や追随しない投資家の持ち株を大幅に希薄化します。取締役会では、資金調達を行うかどうか、またどのように行うかについて、激しい争いが起こります。
ステップ11:エンドゲーム
この時点で、問題は明らかです。会社は持続不可能な速度で成長しており、減速しなければなりません。問題は、どの程度ブレーキを踏むかです。マーケティングの蛇口を閉めるだけで十分なのでしょうか? それとも人員削減が必要なのでしょうか? 会社の売却を試みるべきでしょうか? 懐の深い大手企業がサポートしてくれるでしょうか?
急激に規模を拡大したスタートアップでは、このようなことが何度も繰り返されます。なかには、従業員を削減し、マーケティングを縮小し、より忠実で収益性の高い顧客層に焦点を絞ることで生き延びる企業もあります。グルーポンやジンガなどがその例です。しかし、ファブをはじめ、多くのスタートアップにとって、スピードトラップは致命的です。
『起業の失敗大全 スタートアップの成否を決める6つのパターン』
著者:トム・アイゼンマン 訳:グロービス 発行日:2022/3/30 価格:2,970円 発行元:ダイヤモンド社