第二次世界大戦でフランスを亡国の危機から救い、戦後は大統領としてアルジェリアの独立承認など内外の難局を乗り切ったシャルル・ド・ゴールは著書『剣の刃』の中で、「戦争準備とは、何はさておき、指揮官の養成にある。国家と同様、軍隊も優秀な指導者さえあれば、その他は自らうまくいく」と書いた。企業も同様である。さらに、「優秀な指揮官を厳選すべしという原則に反対する者はいない。しかしその実施において、我々は無数の困難にぶちあたる」と続けた。企業もまさに同様である。
後継者計画は企業の最優先課題
誤った社長指名とそれに伴う混乱は、企業を大きく傾かせる。一方、優れた社長指名は、企業価値の向上をもたらす。ゆえに、その前段としての後継者計画を周到に設計し実行することは、企業にとって最優先課題の一つだ。にも関わらず、これほど企業によって取組みの差が大きい活動も他にないのではないか。
私はこの社長指名実務に長らく携わってきたのだが、圧倒的に経営に優れる企業が、後継者育成となると突如として脆弱になるケースは枚挙にいとまがない。特に、創業者社長の後継において混乱が生じるケースは国の東西を問わず今なお続いている。最近では、スターバックスの創業者であるハワード・シュルツ氏が、株価の急落やコロナ禍を経て労働組合結成の動きが広まったことなどを受け、再度CEOに復帰した。後継者候補に直近で退職された不運はあるものの、かのシュルツといえども後継者計画は苦手科目のようだ。翻って日本においても、創業者が率いる企業の承継にまつわる混乱は、ファーストリテイリング、日本電産、大塚家具と記憶に新しい事例が後を絶たない。
外部招聘か内部昇格か
折しも世界を見渡してみると、近年では日本に限らず多くの国において、外部招聘よりも内部から昇格する社長が増加しており、複層的な後継者計画の重要性はさらに高まっている。コンサルタント会社Strategy&が行った経年調査によると、外部から招聘されるCEOの比率は世界平均で、2015年をピークに減少している。(各年1月1日時点の時価総額ベースで世界の上場企業上位2,500社について)。外部招聘CEO比率は、調査を始めた2004年から微増を続け、2015年は23%に達するものの、その後2016年には18%、2018年には17%まで減少している。この背景には、外部招聘CEOが率いる企業が、内部昇格CEOが率いる企業に比べて、必ずしもそれほど大きな業績を達成できていないという事実と、先見の明のある企業は真剣に後継者計画に取り組んだ結果、優れた社長を内部から輩出しているという事実がある。
社長を生え抜きの内部候補者から昇格させるべきか、或いは外部から経営のプロを招聘すべきか、という議論は古くて新しいテーマである。外部招聘CEOと内部昇格CEOについては、それぞれの特徴や優劣について、多くの研究が積み重ねられてきた。
外部招聘CEOは内部昇格CEOよりも、変化をもたらしやすい。外部招聘CEOは就任後、組織構造や制度を変えたり、人事を変えたりという度合いが、内部昇格CEOよりも高いようだ。ただそれ以上に、CEOが外部から招聘されるのは、十中八九業績が傾いている状況であるわけで、業績改善を使命に就任した外部CEOが、業績改善のために思い切った変革を志向するのは当然ともいえる。
一方の内部昇格CEOについて、ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・P・コッター名誉教授は著書『The General Management』の中で、内部昇格CEOの平時における優位性を論じた。一業種で長く過ごし、業界特有の深い知見を持ち複雑さを理解し、良好な公式非公式の人脈を獲得した経営者こそが、平時においては優れると結論づけた。一方、規制緩和や競争の激化、劇的な技術革新など前例のない環境を、内部昇格者だけで構成する経営層が率いるリスクを説く派もある。つまり、内部昇格CEOは平時に適し、有事には一定のリスクが想定されるといえそうだ。
いずれにせよ、あらゆる状況にあてはまる唯一の正解はない。企業を取り巻く外部・内部環境や戦略の方向性、株主や利害関係者からの要請などを踏まえて、個別に判断していくしかないと考える。