今年3月発売の『起業の失敗大全』から「はじめに」の一部を紹介します。
スタートアップの起業を成功に導くことは非常に難しい営みです。トップビジネススクールを出た優秀で献身的な起業家が、VC(ベンチャーキャピタル)をも魅了するようなビジネスプランを立てたとしても、3分の2以上は失敗に終わってしまうのが現実です。賢い賭けであっても不運によってビジネスが立ち行かなくなることもあります。ただ、いくつかの失敗は避けられるものです。過去の起業家の失敗に学び、同じ道を歩まないようにすることは、起業を志す人間には必須のことといえるでしょう。起業で特に失敗が起こりやすいのが初期(アーリーステージ)です。その典型的な失敗パターンを3つ紹介します。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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アーリーステージの失敗
良いアイデアと悪い相棒
私が研究した多くのアーリーステージの企業の運命は、起業家が有望な機会を見つけても失敗することを示していました。言い換えれば、スタートアップの成功には優れたコンセプト(構想)が必要であるものの、それだけでは十分ではないのです。多くのVCは、速く走る馬(事業機会)よりも、有能なジョッキー(経営者)のほうが重要だと考えています。つまり、気概、ビジョン、業界のインサイダーとしての洞察力、スタートアップチームを率いた経験などの適切な要素を備えた起業家を、VCは探しているのです。
しかし、起業家だけに焦点を当てると、ベンチャー企業にとって重要な役割を果たす他の関係者が無視されてしまいます。これから説明するように、起業家だけでなく、従業員、戦略的パートナー、投資家など、幅広いステークホルダーとの問題が、ベンチャー企業の破滅につながる可能性があるのです。彼らとの関係が機能不全に陥るパターンを、私は「良いアイデアと悪い相棒」と名付けました。
フライング
情報サービス会社のCBインサイツが最近のスタートアップの失敗の要因を調べたところ、その半分近くが「市場のニーズがなかった」というものでした。
これには驚きました。リーン・スタートアップの手法は10年ほど前から広く理解され、起業家たちに受け入れられています。実験と反復を行うことで魅力的な機会を特定し、ピボット(方向転換)することができるはずです。しかし、自称リーン・スタートアップの中には、市場を見つけることができなかった死骸が散見されます。何が欠けていたのでしょうか?
私はリーン・スタートアップの提唱者たちに初めて会った2010年から、それを取り入れてきました。しかし、失敗のケーススタディを深く掘り下げていくうちに、リーン・スタートアップの手法は期待どおりの効果をもたらしていない、という結論に達しました。リーン・スタートアップが悪いのではなく、それを採用しているという多くの起業家が、実際にはその一部しか採用していなかったのです。
具体的には、彼らはMVP (Minimum Viable Product)と呼ばれる、顧客からのフィードバックを得られる最もシンプルなプロダクトを発表し、それに基づいて繰り返し開発を行っていました。しかし、エンジニアリングを開始する前に顧客のニーズを調査することをしなかったために、彼らは貴重な時間と資金を的外れなMVPのために浪費していました。これがフライングです。
擬陽性
スタートアップの初期の顧客からの良い反応に基づいて市場の需要を過度に楽観視すると、起業家は間違った機会を追求し、その過程で手元の資金を使い果たしてしまうことになります。リーン・スタートアップの達人たちは、自分たちのソリューション(顧客の問題を解決するプロダクト)に対する需要の強さを示す「偽りのシグナル」に注意するよう警告しています。
しかし、起業家には見たいものを見てしまう傾向があります。擬陽性とは、一部のアーリーアダプターの熱狂に魅せられた起業家が、その需要の強さをメインストリーム市場に誤って反映させ、アクセルを踏み込んでしまうことです。
引き続き行われるマーケティングに対して反応が薄かった場合、軌道修正し、メインストリームの顧客に訴求するプロダクトにピボット(方向転換)すべきです。しかし、ピボットにはコストがかかります。プロダクトを再構築し、顧客を再教育しなければなりません。未来の購入者は、そうした変化に戸惑い、実証されていない新しいプロダクトに懐疑的になるかもしれません。また、アーリーアダプターは、疎外感を感じ、そのプロダクトを放棄するでしょう。
フライングと擬陽性のパターンは、どちらもスタートアップを間違った道に進ませてしまい、失敗の確率を高めます。しかし、この2つのパターンは、まったく異なる失敗から生じます。フライングの失敗では、先行調査を怠ったがゆえに、顧客のニーズを満たせないプロダクトを作ってしまいます。擬陽性の失敗では、アーリーアダプターに焦点を当てすぎて、メインストリームの顧客に十分に焦点を当てなかったために、間違った顧客のニーズを満たすプロダクトを作ってしまうのです。
『起業の失敗大全 スタートアップの成否を決める6つのパターン』
著者:トム・アイゼンマン 訳:グロービス 発行日:2022/3/30 価格:2,970円 発行元:ダイヤモンド社