「自らの未来に思いをはせると、脳は未来の自分自身を他人として扱い、より遠い未来の自分を考えるほど、ますます他人になっていく」。本書の冒頭で引用されている脳の機能に関するある研究に関し、人がいかに未来を見通すのが苦手かを象徴するエピソードでの一文だ。
私自身、仕事を通じて様々な企業のリーダーの方達とお会いする機会がある。そこで出会う多くの方々は、外部環境の変化に適応しなければいけないことを十分に理解している。しかし問題なのは、いざ変化に適応しなければいけないと気づいた時には往々にしてかなり環境変化が進行してしまっていることである。
本書が有用だと思われるのは、今後10年の中で起こっていくだろうわれわれの世界における変化が、具体的な事例を持って紹介されているので、いやが応でも「その時代に生きる自分自身」またはその時を迎えた「自社・自事業の未来」を想像してしまうことにある。
「技術の融合」がもたらす加速度的な変化
本書の中で取り上げられている重要な概念として、「コンバージェンス」という、複数の技術の融合によって社会の変化が加速度的に進んでいくといった考えがある。例えば「空飛ぶ車」の開発では、
① フライト・シミュレーションを行うための機械学習の進歩
② 軽量で耐久性がある安全な部品を造るための材料科学の進化
③ あらゆるサイズのモーターやローターをつくる3Dプリンティングの技術
が支えとなっており、それらの融合が進んだ現在において、空飛ぶ車は実現可能なものになりつつあるといった具合だ。
本書は、変化をもたらす技術の要素として、量子コンピューター、人工知能、ネットワーク、ロボティクス、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、3Dプリンティング、ブロックチェーン、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの技術を取り上げて概況を解説する。それらが融合した時にわれわれの社会(事例として買い物、広告、エンターテインメント、教育、医療、保健、金融、不動産、食料といった領域)にどのようなインパクトをもたらすのかを描いている。
具体的にはAIと3Dプリンターとドローンがもたらす未来の買い物の姿、VRとAIを用いて行う不動産選び、ロボティックス×3Dプリンティング×AIがもたらす新たな医療など、遠くない未来を疑似体験できる。
日頃の実務に追われて将来の事業環境予測まで思考を巡らせていない方にとって、自社・自事業の未来を俯瞰する良い機会となる。もし自信を持って将来の事業リスクに十分備えていると答えられない場合は、本書を手に取って、起こり得るだろう未来を疑似体験いただきたい。
著者:ピーター・ディアマンディス、スティーブン・コトラー 翻訳:土方 奈美 解説:山本 康正 発売日:2020年12月 価格:2,640円 発行元:NewsPicksパブリッシング