昨年11月発売の『グロービスMBAミドルマネジメント』の第3章2節から「コーチング」の一部を紹介します。
ビジネスにおいてコーチングが重視されるようになったのは、1980年代以降のアメリカからと言われていますが、昨今では日本でもその効用が伝わり、コーチングに関する書籍なども多数出ています。コーチングは適切に行うと、部下のモチベーション向上やスキルアップ、さらには潜在能力を引き出すことにもつながる手法であり、傾聴、質問、承認といったコミュニケーションをベースとします。
効用が大きい反面、難しいのは、誰に対しても同じアプローチが通用するわけではないということです(これはマネジメント全般に言えることですが)。相手の性格や習熟度合、知識やスキルなどを把握してはじめて効果的なコーチングが行えます。日々のコミュニケーションを通じてそれらを把握し、「彼/彼女にはこうしたコーチングを行うと効果的だろう」という当たりをつけることが大切です。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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コーチング
エンパワメントした部下の指導で有効なのがコーチングである。コーチングは、ワン・オン・ワン・ミーティングの場などで行うと効果的だ。逆に、コーチングを主目的としたワン・オン・ワン・ミーティングを開催してもいい。機微情報などがないのであれば、会議室ではなく、デスクで行ってもよい。コーチングの内容が他の部下の耳にも入るようにすることで、間接的に彼らに気づきを促す副次的効果もあるからだ。
能力開発手法としてのコーチングにはさまざまな定義があるが、エッセンスは概ね以下のようなものだ。
- 促進的、指導的なアプローチで、傾聴、質問、承認を基本としたコミュニケーションを用いる
- 相手の学習や成長、変化を促す
- 相手の潜在能力を引き出し、最大限に力を発揮させる
上記に示したように、コーチングの方法論として特に重視されるのは、傾聴、質問、承認というコミュニケーション手法である。以下、これらについて簡単に触れよう。
◎傾聴
文字通り聞くことであり、部下からさまざまな情報を聞き出していく。まず必要なのは、部下が話しやすい雰囲気をつくることである。マネジャーの話し方から身振りに至るいろいろなことが近寄りやすさにつながる。物理的にも感情的にも、部下にとって安心できる雰囲気をつくることが大切だ。煩わしいと感じる場面もあるかもしれないが、それを露骨に顔に出すようではいけない。
そのうえで、コーチングの場面においては、適宜質問や相槌なども交えながら、部下の話を丁寧に聞くことが望まれる。相手を理解しようとする努力が必要だ。まずいのは、相手の言うことを頭ごなしに否定することである。これでは部下もなかなか本音を語ってくれない。相手の立場や自尊心を尊重し、丁寧な物腰で話を促すことが期待される。
話が分からなかった時には、高圧的な言い方は避けながら、「それはこういうことかな?」といったように確認しながら傾聴を進めるとよい。相手の話したい気持ちを促進するコミュニケーションが基本である。
傾聴はしつつも、時々、共感を促すべくマネジャー自身のことを語ると効果がさらに増す。ケースで、木曽が自分の若い頃の体験が、新聞社に入るきっかけとなったことを話すシーンなどはその典型だ。マネジャーは部下から見たら上司であるが、人生の先輩であることも多い。上司も等身大の人間であり、苦労してその立場に立ったということを伝えることは、動機づけにつながると同時に「どうすれば上司のようになれるか」という課題意識を喚起することにもつながる。
◎質問
コーチングというとこの質問をイメージされる方も多いかもしれない。事実、コーチングのコミュニケーションの中でも質問は重要な位置を占めており、狭義のコーチングは、「質問によって相手に気づきを与えること」と表現されることもある。
コーチングの姿勢として大事なのは、「答えは相手が(気がついていないだけで)持っている」「質問をすることによって一緒に答えを考えていく」という姿勢である。
前者の「答えは相手が(気がついていないだけで)持っている」と想定される場合には、視点や視座を変えて、「そうか!」と気づきを与えるような質問が有効である。具体的には以下のような質問である。
「この企画書だけど、お客さんから見て分かりやすいかな?」
「大事なのはそこでの結果だけかな? 他に大事なことはない?」
「どうしてA課は君の意見に反対なんだと思う?」
「もし君がBさんだったなら何を感じるかな?」
「なぜあえてこの順番で仕事を進めたの?」
最初の質問でいきなり答えが出ない場合には、質問の仕方を変えたり、物事を見る角度を変えたりしながら繰り返し質問を行う。「そうか!」と閃いてもらうことが大事だからだ。自分で答えを言ってしまいがちなマネジャーもいるが、時間的な余裕があるのであれば、辛抱強く質問を続けることが望ましい。相手の口から答えを言わせることが、スキルの向上や定着に効果的だからだ。
もちろん、時間的に余裕がない場合など、状況によって柔軟に指示を与えることも必要だ。たとえば若い外科医が手術中に間違った箇所にメスを入れようとしているのであれば、先輩の外科医も「そんなところを切っていいのかな?」などと悠長に質問している場合ではなく、「そこは違う!」とすぐに指示を出すことも必要だろう。状況の緊急性や重要性を理解したうえで適切なコミュニケーションを行うのが基本である。
後者の「質問をすることによって一緒に答えを考えていく」、つまり、相手にも自分にも答えがないと想定される場合には、協力しながら発想を広げていく必要がある。有効な質問の例は以下のようなものだ。
「この前提って本当かな?」
「これがOKなのなら、こっちも考えられると思わない?」
「何か組み合わせると面白いものってないかな?」
「いままでに考えたことのない価値の軸はないかな? 我々が見落としているものだけど」
この場合も、マネジャー自身の方がたくさんアイデアが出る可能性は高いが、可能な限り部下にしゃべらせ、彼/彼女の囗から意見を引き出すことが育成上は効果的だ。
◎承認
人間にはもともと承認欲求がある。相手である部下の存在そのものもさることながら、部下の意見や考え方を尊重し、「上司に認められている」という感覚や自己肯定感を持ってもらうことが必要だ。
また、部下の成長や出した結果を一緒に喜ぶことは、マネジャーに対する信頼にもつながるし、さらなる成長に向けて頑張るというモチベーションにもつながる。「そんなアイデアが出せるようになったんだ。すごいな」「自分でもそんな発想は出ないよ」といった褒め方をされることは、通常は非常に嬉しいものだ。
もちろん、部下の発言を修正したり、否定したりする場面もあるだろう。そうした場面であっても、いったんは受容し、そのうえでそれが不適切であることを気づかせる質問をしていくことが望まれる。以下のような言い方である。
「確かにその案は面白いね。ただ、現実的にやるうえで難しい点はないかな?」
「なるほどね。ただ、社内の皆がこれで喜ぶかな? ちょっと考えてみようか」
『グロービスMBAミドルマネジメント』
著者:グロービス経営大学院 監修:嶋田毅 発行日:2021/11/30 価格:3,080円 発行元:ダイヤモンド社
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