投資家と事業家の2つを兼ね備えた視点からの提言
経営者・従業員・株主が皆で豊かになる、「三位一体の経営」はいかにして実現しうるか。それが本書のテーマである。
著者によると、三位一体の経営を実現するには、資本コストを上回る「超過利潤」を継続的に生み出し再投資することで「複利」を実現することが必要なのだという。この「超過利潤」を出すには、まず事業が儲かるパターン=「事業経済性」を正しく理解し高い利益率を確保する必要がある。この高い利益率を維持するためには更に、競合に対する「障壁」を築くために、従来の常識では理解できないほど大胆な勝ち筋のビジョン=「事業仮説」を構築し、他社を圧倒する「呆れるほどのコスト」をかけるか「ハイリスク」をとることが必要である。
著者は、20年の経営コンサルティング経験を経て、投資業界へと転身した人物だ。その投資スタイルは、リスク分散のために100〜200社のポートフォリオを持つ投資家とは一線を画し、厳選した少数の優良企業に投資を行い、経営をよくしていくための提案や助言を行っていく「厳選投資家」である。
本書では、そうした著者の経験や思想を活かし、投資家の視点と事業家の視点を行き来しつつ、従業員持ち株比率の引き上げ等を通じた働く人の利益にも触れるという、多面的な視点で論が展開されている。三位一体の経営という理想状態の実現に向けたシンプルなストーリーが描かれていることと併せ、他にはない本書の特長である。
資本コストを上回る「超過利潤」を生みだし続けるためには
また、もう一つ興味深いのが、「コーポレート・ガバナンス」の位置づけに対する独自の視点である。
通常「コーポレート・ガバナンス」とは、企業経営が誤った方向にいかないよう管理監督することで株主の利益を守る仕組みであると捉えられる。対して著者は、CEOに権限を集中させながら、同時に管理監督の体制が整った適切な仕組みづくりを行うことが必要、と興味深い捉え方をしている。その背景には、企業経営者が前述の「超過利潤」を維持・拡大していくために「ハイリスク」な「集団意思決定」を行う必要があるという点がある。
創業間もない企業では、オーナー経営者が絶対権力を持ち、トップダウンによる素早い意思決定や果敢な「リスクテイク」が期待できる。一方、日本の大企業では、設立から長い時間を経て所有と経営が分離されている場合が多く、指揮命令系統が弱まり、リスクテイク力の弱体化が起きやすい。こういった状況にも関わらず、集団意思決定の術を開発・浸透できていない、という事実は、日本企業の「稼ぐ力」が低下しているという問題と密接な関係があると著者は捉えている。
そのほか、ROA、ROIC、ROE等を使って「超過利潤」
本年2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂や、来年2022年4月に予定されている東証の市場区分変更等、ガバナンスの重要性は高まっている。こうした変化を単に制度変更と捉えるのでなく、より本質的な「よい経営への変革」を考えるうえで、多くの経営者や経営幹部の方にとって本書は参考になる。また、「モノ言う株主」の台頭や人材の流動化が進む中、むしろ株主と会社と社員が力を合わせ、「超過利潤」と「複利」を通じ、それぞれが利益を享受するという方向性は、企業で働く意味を考えるうえで示唆深い。
是非多くのビジネスパーソンの方に手に取っていただきたい。
著者:中神康議 発行日:2020/11/25 価格:2,420円 発行元:ダイヤモンド社