SFプロトタイピング―小説でシャープになる未来の解像度

SF小説に描かれたものが現実になった例は多い。最近では、コロナ禍もその1つだ。1956年の小説『はだかの太陽』には、人々がウィルスを恐れ在宅勤務をする様子が描かれている。もしコロナが予想できていたら、どれだけの損害を防げ、どれだけのビジネスチャンスがあっただろうか。今、SFの力を借りて未来を考える「SFプロトタイピング」という手法が、企業や行政などに広まってきている。それはなぜか。本稿では、2021年9月11日にグロービスにてスタートアップ起業家4名とSF作家2名でワークショップ形式で行われた「SFプロトタイピング」の様子を紹介する。

ありえない未来を具体的に考えてみる

ファシリテーターが「2050年の社会はどうなっていると思いますか?自由に書いてください」と参加者に呼びかけると、4名の参加者たちが戸惑いながらも未来を予想し、アイディアを書いた付箋をはっていく。

ここからさらに様々なワークを通じて2050年の世界を深堀りし、自社の未来を考えていく。そして、一人ひとりが500字程度のショート小説にまとめる。短時間で一般人が「小説を書く」ことができるのかと心配になったが、そこはSF作家がサポートに入ることでクリアするという。

(Luup岡井大輝氏とSF作家の小野美由紀氏)

SFとスタートアップの親和性

参加している起業家4名は、電動キックボード事業を展開するLuup(ループ)のCEO岡井大輝氏、弁護士ドットコムの取締役でクラウドサインの事業責任者である橘大地氏、遠隔操作ロボットや人工知能ロボットの開発を行うTELEXISTENCE(テレイグジスタンス)CEOの富岡仁氏、モバイルオーダーの先駆者であるdinii(ダイニー)のCEO山田真央氏と、いずれも時代の先端を行く事業を自分でおこしている。(氏名50音順)

「SFとスタートアップは親和性が高い。変化していく時代の要請や個人の価値観に対応する形で新しい技術やサービスを実装しようというアプローチがSFと似ています」と本企画を立案したベンチャー・キャピタリストの野本遼平氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ プリンシパル)はいう。

「ゼロイチをつくる起業は、目の前のバーニングニーズの解決から着手するべきです。ただその先にある大きな未来を描くことが難しい場合も少なくない。そのブレークスルーのヒントにSFプロトタイピングがなれば」(野本氏)

ソニーやサイバーエージェントなどの大企業でSFプロトタイピングを行ってきたSF作家でもある小野美由紀氏は次のように続ける。

「大企業でも起爆剤として期待されていると感じます。社内に停滞感が漂い、若手がいてもアイディアが出てこない。そういう企業でもSFプロトタイピングを何回も実施すると、発想が柔軟になってきます」。

長らく日本のスタートアップ市場は投資額が少なく、ユニコーン企業が育たないといわれてきた。ところが、昨今は海外の投資マネーも含めて、日本市場に多くのリスクマネーが流入するようになっている。

流入してくるリスクマネーの受け皿となるスケールの大きな構想を描く起業家がもっと増えると、日本のスタートアップエコシステムの進化もより加速するのではないか」(野本)

スタートアップでは会社のビジョンを描く役割を社長一人で担うことが多い。イーロン・マスクのように大胆なビジョンを描き、数千億の投資を受けることも夢ではないが、ビジョンを描くのは簡単ではない。アメリカでは既にSF作家が企業にコンサルとして入っており、SFプロトタイピングに対する関心が高まっているという。

(ワークショップは2チームに分かれて進んだ。右手前からdinii山田真央氏、クラウドサイン橘大地氏、SF作家の久永実木彦氏)

思考実験とSFプロトタイピングの違い

それでは、改めてSFプロトタイピングとは何か。これまでもアイディアを出すための思考法として、デザインシンキング(人間中心の視点でイノベーションを起こす手法)、シナリオ・プランニング(起こりうる複数のシナリオを描いて未来に備える分析方法)などいくつもの手法が出てきたが、それらとの違いは何だろうか。SFプロトタイピングの定義はさまざまあるが、ここでは書籍『SFプロトタイピング』(宮本道人・難波優輝・大澤博隆/編著)の中から引用する。

SFプロトタイピングとは‥‥それはサイエンス・フィクション的な発想を基に、まだ実現していないビジョンの試作品=プロトタイプを作ることで、他者と未来像を議論・共有するためのメソッドである。近年ビジネスの現場で脚光を浴び始めており、すでに様々な領域で実践されている。

SFプロトタイピングでつくられるプロトタイプには、

ガジェットを介した未来の具現化:未来社会の変化を象徴するガジェット(製品・街・社会制度など)が登場すること

キャラクターからの具体的な眺め:抽象的な視点ではなく、特定の性格や意思、感情を持ったキャラクターの視点から、ガジェットのもたらす影響が考察されること

プロットによる動的なシミュレーション:断片的なシナリオに留まらず、キャラクターたちの意識や社会状況が時間経過に伴い変容していくプロセスを描くこと

などの特徴があり、それらが「SF」という名前を冠している理由である。

今回、小野氏と共にサポートとして参加したSF作家の久永実木彦氏は、思考実験(特定の前提や条件を設定して推論を重ねて結論を導き出すこと)との違いとして「SF小説にすること」に意味があるという。

「小説にすることで、その世界で生きる人の生活の実感や気づかなかった視点を得ることができます。弱者やマイノリティーなど多様な視点を盛り込むことができるのは小説ならでは」(久永氏)

小説にすることで、環境分析など論理的な未来予測では見えてこないリアリティを自ら発見することができるというわけだ。筆者もワークショップの様子を見ているときはSFプロトタイピングの特徴を理解し難かったが、実際に小説を読むと、久永氏の指摘に納得をした。次の章では実際の小説をご本人の許可をとって紹介させていただく。

起業家の小説とピッチ:2050年キリマンジャロへのOnedayTrip

ワークショップでは、付箋に書いた「2050年に実現しているアイディア」の中から1人1つずつ選び、「それが実装されることで幸福/不幸になる人は?」「社会に受け入れられるには、どのような価値観が必要か?」といった質問に答えていくことでより具体化し、20分ほどで小説を書きあげた。最後は、一人ひとり小説を読み上げ、さらに、その小説の世界観で生活する1人になりきり投資家向けの自社事業のピッチを行うという体で発表した。

「どの小説も素晴らしかった」(久永氏)という通り、筆者も起業家たちの筆力には驚かされた。ここでは、遠隔操作ロボット開発を行うテレイグジスタンスCEO富岡氏が書いた小説を紹介する。富岡氏が最初に2050年の世界として付箋に書いたアイディアは「意識と身体が切り放された世界」。ここから、意識と体を切り放すと誰がデータを管理するのか、意識を身体と切り離したくない人たちとの分断をどう乗り越えるのかなどの議論を経て、自社事業とのつながりを考え小説は書かれている。なお、小説の中で富岡氏の年齢は、現在から30年後の70代という設定である。

(テレイグジスタンス富岡仁氏)

———————-テレイグジスタンスCEO富岡仁氏の小説———————-

タイトル:ロボットと妻と片腕の私

午前9時

今日もいつもと変わりない、穏やかな朝を迎えた。外は快晴、まさに趣味の山登りには絶好の天気だ。今日の予定にはなかったが、私は東京からアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登ってしまおうと決めた。手元のVRデバイスを被れば、インターネット経由キリマンジャロの麓にあるテレイグジスタンス社の登山用遠隔操作ロボット、Model-Iにすぐに乗り移れる。

午前11時30分

そろそろ2合目付近か。キリマンジャロを登っているにも関わらず、身体的な疲れはほとんど感じない。むしろ、触感などロボットの五感フィードバック機能を通じて、キリマンジャロに積もった雪の冷たさ、風の匂い、偶然出会う各国の登山者の様々な表情に触れ合うことができる。この体験はメタバース空間では味わえないリアルな価値だと改めて再認識する。これで2時間5,000円は年金暮らしの私にとって、老後の生活に彩をもたらすエンターテイメントだ。ここで一旦一休みして東京にいる妻に手料理のお昼を作ってあげるために自宅に戻ることにした。

午後12時

キリマンジャロでロボットに乗り入れている時に発注した食材を近所のコンビニからロボットが漸く届けてくれた。一昨年、登山中に片腕を無くした私は自分で料理を上手くできない。そもそも腕があっても私は料理が上手くない。代わりに片腕につけたAI義手ロボットがフランスで最も人気のシェフが作るパスタを再現調理してくれる。妻には私が作ったことにしておこう。彼女の喜ぶ顔を見るのが楽しみだ。

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続いての自社事業のピッチでは、70代になりきった富岡氏が、「(2050年に実装されるであろう)ベーシックインカムでは楽しむためのお金が足りない、ロボットに代理労働をさせ賃金を稼ぐため、金融資産としてのロボットに投資すべき」と語りかけた。

(ピッチをする富岡氏)

参加者からは経済的に貧しいと低性能のロボットしか買えず、より格差が広がるのではないかといった議論も起こったが、こうした議論が起こるのもリアリティのある小説を共有したからこそではないか。作家陣からは「夢のある未来で魅力的。ベーシックインカムなどこれまでに出てきた議論を回収しているのがいい」(小野氏)、「ロボットが労働し自分は好きなことをするという実感を持てた小説だった」(久永氏)といった講評がされた。

どの起業家もユニークな事業をピッチで発表し、「(経営者として未来を)一人では考えますが、他の人と一緒に考えることはないので刺激的だった」(富岡氏)、「それぞれの人の思考の枠組みがわかって面白かった」(岡井氏)といった声がきかれた。SFプロトタイピングが1つの思考法の手法として定着し、スタートアップや大企業から新しいアイディアが生まれていくことを、期待を持って注視したい。

(後列左から、野本氏、橘氏、山田氏、久永氏。前列左から小野氏、富岡氏、岡井氏)

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