異なるレンズを通して追求する真理
最初に告白しておくと、私は古典や歴史に疎い。そんな私がこの本の書評を書いてよいのやら正直悩むのだが、恥を忍んで、紹介したいと思う。なぜ本書を選んだのか? 自分のような中国古典や歴史に苦手意識がある人間こそ、読むべき最初の1冊ではないかと感じたからに他ならない。
「中国の歴史は、三国志もよく分からない」、「キングダム(人気マンガ)くらいしか読んだことない」という人でも、ビジネスに興味のある方なら、十分学びと知的好奇心が満たされることだろう。「中国古典や歴史をもっと学んでみよう」と思いたくなる本だ。
本題に移ろう。本書は、成長・創造・IT・学習・人材・経営の各テーマについて、現代の経営論と東西の歴史・古典という異なったレンズを通じて覗き、普遍的な真理について考察した本だ。コンサルタント出身の三谷氏と、中国古典に精通した守屋氏の対談形式で展開していくので、とても読みやすく、面白い。経営論という面からは、以前に出版された三谷氏の「経営戦略全史」と合わせて読むと、より理解が深まると思う。
具体例を紹介してみよう。「キングダム」でおなじみの秦の始皇帝が冒頭から登場する。テーマは「爆速成長」だ。守屋氏によると、秦の急成長を支えたのは、度量衡(長さ・容積・重さの基準)・貨幣・書体・車軌(馬車の車輪と車輪の幅)などの全国的な”標準化”だった。度量衡と貨幣の標準化は、日本でも明治維新後の国家成長の原動力となっていたそうだ。歴史的な制度の意味合いを理解することで、経営にも活かすことのできるヒントが得られる。
さらに興味深いのは、続いて論じられている「グローバル化」についてである。扱う商品・商材にもよるのだが、爆速成長のキーポイントが”標準化”だからと言って、それだけでは国を超えて成長することは難しい。その理由について三谷氏は「世界は予想以上にフラットではなく、凸凹だからだ」と主張する。
例えば高級ブランドのLVMHグループは、ルイ・ヴィトンなど様々なブランドを抱え込み、グループ化している。文化や風習が異なる各国の中のネットワークやビジネスのノウハウがグループに蓄積された結果、傘下にある個々のブランドは、様々な地域でスピーディーにビジネス展開できるようになっていると著者は分析している。著者2人の得意な領域の知見を掛け合わせることで、歴史と現代の経営論が融合し、企業の成長とグローバル化の真理が見事にあぶりだされていく。
古典とケーススタディーとの共通点
本書の後半には、守屋氏による中国古典を読む際のヒントが示されている。一部抜粋してみよう。
何かを読み解くときって、各自が事前に能動的なテーマを―これは問題意識や疑問といってもいいかもしれませんが―数多く持っていた方が、絶対に深くて面白いものが出ます。たとえば中国古典でいえば、単に本を漠然と読んでも「なんだこの古くさい内容は」にしかなりませんが、「現代組織論への適用」「ビジネス戦略との比較」といったテーマを多様に持てば持っておくほど、確実にいろいろな読み取りが出来て、学びが深くなります。(p.261)
守屋氏のアドバイスを読み解くと「結局古典もビジネス書やケーススタディーからの学びと学び方は同じなのか」とハードルが下がってくる。すなわち、素材は何であれ、具体的な事例をお勉強として知るだけでは不十分ということだ。事例から、物事を抽象化し、原理原則や真理を考えてみる。その上で、自分や自分の属する業界に当てはめて考えてみる。そういったことが古典でもケーススタディーでも求められる。そうやって考えると、古典に対する苦手意識が少し和らぎ、古典にもチャレンジしてみようという気持ちになってくるのではないだろうか。
著者:三谷宏冶、守屋淳 発行日:2021年6月28日 価格:2,200円 発行元:日本経済新聞出版