「アウトサイダー」で得られる視点
どうやってこの世界で起きていることを分析し、未来を読み、対応を提言出来るのか──。本書はエマニュエル・トッドが、日本の読者に向けて、彼がこれまで積み重ねてきた思考のスタイルを紹介しようとするものである。
エマニュエル・トッドは歴史人口学者であるが、日本では「予測」で有名だ。これまでソビエトの崩壊や欧州の分断、アメリカの相対的地位低下などを予測し、的中させてきた。しかしトッドに言わせれば、これらは合理的な思考を重ねれば、導き出せる事柄なのである。
彼は歴史人口学の専門家の立場から、例えばデモが発生した地域の分布と、人口、乳児死亡率といったマクロデータとを照合し、分析する。仮説を立て、仮説がすべての事実について正しいかどうかをひとつひとつ確認していく。「クリティカル・シンキング」に近い手法にもみえる。
そして自身の生い立ちにも触れながら、“アウトサイダーであれ”と言う。これはなにも、当事者研究的な見方を否定しているわけではない。自身の中で、分析したい対象と異なる部分にフォーカスしたり、あるいは物理的に旅に出たり、はたまたSFを読んで非現実の世界に飛び込むことで、客観的に見ることを強く勧める。客観的に見るということに加え、いつもとは違う刺激に触れることで、アイデアが浮かぶのだと言う。非現実の世界に飛び込むチャンスとして、“恋愛面で危機にある時ほど研究にまい進しなさい”というアドバイスがされているのには、ややステレオタイプな反応かもしれないが、フランスの香りを感じてくすっと笑ってしまった。
思考する旅、学びの全体像
トッドは考えながら書くことはしない。かつては書きながら思考し、一章分を丸々無駄にしたこともあったそうだが、今ではアウトプットの構成というものがおのずとシンプルに定型化しているという。ある意味、思考の「型」が出来ているということなのかもしれない。
では、書く前に腕組みしてただ考えているのかというとそうでもない。ひたすら読み、分析しているのだ。思考するとは学ぶことであり、インプットなくしてアウトプットはない。学び続ける過程で、想定できないような事象に直面することで、思考は発展していく。旅することで客観的に物事が見えるようになるとトッドは言うが、思考自体が旅であり、思考地図とはすなわち学びの全体像なのである。
トッドはフランスのアカデミアではかなり異端児だそうだ。私自身、大いに共感しながら本著を読んだとはいえ、主義主張を含め腑に落ちなかった部分もあった。読者のなかには、トッドの思考法を受け入れがたいと感じる人がいても不思議ではない。一方で、内容に目新しさがないと感じる読者もいるかもしれない。
しかし、いずれであっても、トッドの思考法を知ることは無駄ではないだろう。グロービスでの授業では「思考の癖」を取り上げることがあるが、思考方法に良い、悪いはない。多様な思考方法が存在することを知り、自身の思考方法の特徴を知り、他の見方を意識すること──。これ自体もまた「思考」である。
本書は日本の読者に向けて書かれているが、トッドが自身の人生を振り返りつつ日本への理解や愛着を示してくれていることも、また嬉しい。
著者:エマニュエル・トッド 訳:大野 舞 発行日:2020年12月23日 価格:1,650円 発行元:筑摩書房