「言うべきだと思ったことすら部下に言えないマネジャーが日本全国に増えている」
本書は、中原淳東大准教授の強い危機感から執筆された本だ。実際、企業の人材育成のお手伝いをしていると、「当社のマネジャーは部下を育てる意識が低いんですよね。全然ちゃんと部下と会話していないんです」といった声を聞くことが多い。マネジャー個人の問題だけでなく、マネジャーが部下に突っ込んだフィードバックをしづらい環境になっているのではないか――そんな問題意識を持っていたところ、本書と出会った。
筆者は、こうした状況の背景として、ハラスメントに対する意識が過剰に高まったこと、コーチングを中心とした「気づきを重視する部下育成手法」が普及する過程で「上司は教えてはいけない」という思い込みが生まれたことなどを指摘している。その上で、気づきを導くコーチングと、耳の痛いことも含めてこちらの意図を伝達するティーチングのバランスを取った「フィードバック」の力を高めることの必要性を説いている。
そもそも、日本では「フィードバック」というと「評価結果の通知」という理解をされがちだが、著者は、立て直しまですることがフィードバックだと定義する。逃げずに腹をくくって相手に向き合い、長期戦で立て直しまで伴走することが、本来のフィードバックなのだ。
さて、本書の前半部分では「人はどのような時学習するのか」「フィードバックとはどのような要素から成り立っているのか」など、研究者ならではの学問的知見が整理されている。後半部分は一転、「何を言っても黙り込む『お地蔵さん』タイプ」、「言い訳ばかりしてくる『とはいいますけどね』タイプ」など、思わず共感してしまう13タイプの部下について、対応のコツが詳しくまとめられている。
そして終章では、「まず自分自身がフィードバックを豊富に受けること」「模擬フィードバックを動画で撮影して自分で見てみること」など、フィードバックの実力をつける方法が紹介されている。いずれも実践するとなるとかなり勇気のいる行為だ。それを乗り越えるには、誠実に自分と相手の可能性を信じ、向きあう覚悟が求められるだろう。
部下・後輩をもっと力を発揮できるようにサポートしたいけれど中々うまくいかない……。そう真剣に悩み、自分自身が逃げずに関与する想いのある方にとって、ヒントに満ちた本だ。ぜひ手に取って頂きたい。
『フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術』
中原 淳(著)
PHPビジネス新書社
870円(税込940円)