先行きが不透明なVUCA時代の荒波には、誰しも不安を覚えるものだ。
そこで『易経』(四書五経のひとつ)の出番である。英題はBook of changes。無限の変化を本質とする、動的平衡のダイナミックな世界観の「変化の書」だ。
“陰陽” (東洋の伝統的なものの見方)を駆使してリーダーのあり方が説かれている。不安(陰)をわくわく(陽)に変えて荒波を乗り越える示唆に富む、おもしろい古典だ。
本書はその『易経』の恰好の入門書である。「難解といわれる易経をわかりやすく解説することで、易経を読むためのきっかけづくり」とすべく著された書だ。40年以上『易経』の伝道師として道を歩んでこられた竹村亞希子氏ならではの軽妙洒脱な易の世界が味わえる。
実は『易経』は現代人にとっても意外に馴染みのあるものだ。
「君子豹変」「虎の尾を踏む」「虎視眈眈」
「明治」「大正」「観光」「啓蒙」「形而上」「咸臨丸」
「開成」「資生堂」「順天堂」「楽天」「麗澤大学」
など、よく知られた『易経』由来の言葉はたくさんある。この中から、「開成」「資生堂」について、少し紐解いてみよう。
開成 「開物成務」(「物を開き務めを成し、天下の道を冒う」)
「開物成務」は孔子が易とは何かを解説した言葉だ。それぞれの力を開発して事業を成し遂げるという意味で、“物”とは自分ならではの才能や個性を表す。
この言葉を校名の由来とする開成中学校・高等学校の教育理念には「人としての務めを成し社会や世界に貢献する次代の人材を育てるため、人間性の開拓・啓発に尽力する」とある。企業にとっても人材育成の要諦になりうる言葉であろう。
また、「開物成務」は個人のキャリア開発の観点から解釈してもよい。あなたは日々仕事にわくわく情熱をもって取り組んでいるだろうか?あるべきキャリアは自分の“物”を発揮して“務めを成す”ものだ。他人に舵を渡して労働することではないし、能力を他人と比較して評価したり妬んだりするものでもない。
易に学べば、もっと自分を大切にして、自分の“物”を発揮していく道が開かれよう。これこそこの宇宙における一人ひとりの“務め”である。
資生堂 「至哉坤元 万物資生」(至れるかな坤元(こんげん)、万物資(と)りて生ず)
「至哉坤元 万物資生」は「大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものは、ここから生まれる」という意味で、資生堂の社名の由来である。女性性(美・麗しさ)を象徴する「坤」の辞であり「西洋の科学(最先端の薬学・技術)と東洋の叡智を融合した先取りの気質」をも示している。名は体を表す、素晴らしい命名だ!
竹村氏もこのことに触れ、「資生堂の新しい美の文化を創造する事業展開は必然であった」としている。
更に、資生堂が企業理念の中で掲げているOUR DNAにも易が息づいているのは興味深い。たとえば、
DIVERSITY
「異なる価値観に共感しかけあわせることで、いままでにない新たな発想やイノベーションを創出」
ART&SCIENCE
「2つの異なる優位性を融合し、世の中になかったユニークな価値を創出」
JAPANESE AESTHETICS
「人の表層的な美しさだけにとどまらず、生き方やありようを含めた本質的な美しさを追求する日本独自の美意識」
こうした多様性マネジメント、イノベーション、本質を観るといったマインドは、今に通ずる易のエッセンスである。
改めて、つくづく『易経』は不思議な書だと思う。太古の昔に世界の森羅万象を表現しようとした破格の試みが、時代を超えて今にも生きる不易流行の書となっている。安岡正篤氏は『易學入門』序に「民族の歴史の潮流に掉さして、永遠の_山白雲を見るやうな、我々の心靈に響く感動の籠ったもの」として紹介している。孔子も「韋編三絶」(何度も綴じ紐が切れること)するほど読み込んだという。
竹村氏は、最後に「易経はすべて志から始まる」とし、それを表す言葉として「潜龍元年」というキーワードを残している。
潜む龍のように、まだ世に出ていない不遇の時(陰)ほど「実は逆に恵まれた時」(陽)で、「大きなしっかりとした志を打ち立てることができる」とする。「潜龍元年」とは、出世して「どんな立場や地位にあっても、いつも最初の潜龍に立ち戻ろう」という、ビジネスパーソンにも通じる初志貫徹の想いのこもったメッセージだ。
本書を通じこのVUCA時代にこそ求められる『易経』を学ぶことで、日に新たに、確乎不抜の志をもって、日々のチャレンジを楽しもうではないか。
「心靈に響く感動」とともに!
『経営に生かす易経』
著者:竹村亞希子 発行日:2020年7月7日 価格:1,980円 発行元:致知出版社