交渉において「志」はテクニックを越える 

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『グロービスMBAで教えている 交渉術の基本』から「目標値の重要性」を紹介します。

ビジネスでも歴史上の交渉でも、最終的に高い次元で自らにとってプラスになり、かつWin-Winの交渉に導いたケースの特徴として、高いレベルの目標値(目指すべき妥結点)を置いているということがあります。そしてその目標値がどこから生まれているかと言えば、単なる私欲や自分の都合などではなく、会社や業界、社会全体、そして政治家や外交官であれば国のために何とかしたいという「志」に基づいていることが多いものです。それが粘りや創意工夫にもつながるのです。

実際に、自分たちのやろうとしていることに自信や矜持があるのならば、それを拡大することは社会的にも好ましいことのはずであり、それがタフな交渉を乗り切るエネルギーにもつながります。交渉は往々にしてテクニック論に走りがちですが、テクニックだけで良い結果が得られるほど単純なものではありません。テクニックを越えた志こそが交渉を左右することは銘記しておくべきでしょう。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

◇ ◇ ◇

目標値の重要性

これから相手とどう交渉していこうかという戦略を立てる上では、ZOPAの中で目標値をどう置くかも、以下の理由から重要になってきます。

1. 不用意な譲歩を避ける

交渉には常に相手がいて、厳しい交渉では特に、その相手から様々な場面で「なるべく有利に決着したい」というプレッシャーをかけられます。本書では、交渉とは互いに奪い合うようなゼロサムゲームではなく、協力して価値を創造するものだというメッセージを掲げていますが、とはいえ実際の場面で相手からプレッシャーがかかる場面がないわけではありません。そんなときに、「気持ちで負けない」ことが必要になります。

気持ちで負けてしまうと、しなくても済む譲歩をさまざまな場面でついしてしまいがちなものです。この積み重ねが、価値を譲っていないように見えて、気がつくと不利な状況(本来の論点でも譲らざるを得ない状況)を作りだしてしまうのも、よくある話です。いわゆる「外堀を埋められてしまう」のです。

そこで、気持ちで負けないようにする一つのアプローチとして、高い目標値を意識することで自分を律してみましょう。第3章でバイアスについてさらに詳しく説明しますが、いわば自分で自分にアンカーを打つのです。

2. 自信に裏打ちされた言動が相手への説得力につながる

高い目標値を打ち出すといっても、単に自分の利得を最大限押し広げるというだけでは不十分です。相手にとっても何らかの価値を創造できないか、Win-Win (ウィン-ウィン:お互いが交渉によって価値を得る状況)を実現できないかという意味での高次元の目標値を考えておくのです。

「利己的に主張しているだけではない、あなたと私双方にとってこの解決策がベストである」と言い切れる自信があれば、それが説得力につながっていきます。

3. 自分側の利害関係者に安心感を与える

1.2.で述べた「不用意な譲歩をしない気持ちの強さ」「自信に裏打ちされた態度から来る説得力」は、チームで交渉をする際のチームメンバーや、交渉を見守る多くの利害関係者にもポジティブな影響を与えるでしょう。明確で高い目標値を示すことは、チームによる交渉において、チームメンバーを導くリーダーシップにもつながるのです。

このようなポジティブな目標値は、序章のストーリーに出てきたテクノピース社の富川らのように、相手に比べて自分の立場が弱いときの交渉で、特に重要になってきます。

こうした場合、立場の弱い側は、往々にして双方の「格」の違いを感じて態度も弱気に出て、ZOPAの中でも自分に不利な水準に目標値を置いてしまいがちです。逆に、強い立場の側はそうした格の違いを最大限戦術的に生かすべく、出資割合や利益の分配割合といったコアの論点だけでなく、ミーティングの場所の設定や話の進め方など、本質的でないところでも優位に立とうとプレッシャーをかけてきます。

こうした状況下で弱い立場の側としては、いかに毅然として不用意な譲歩をしない姿勢を取れるか、いかに自信を持って「こうすることがあなたにも私にも有益であると信じる」というメッセージを的確に発せられるかがポイントとなるでしょう。

では、意味のある目標値を決めるためにはどうすればよいでしょうか。戦略思考についての訓練、いわゆるコミュニケーション能力の向上ももちろんですが、「交渉者個人がこの交渉、ひいてはその先のビジネス全般にかける志」が一つの大きな要素となります。

目先の交渉で何を得るかだけでなく、その交渉から得た成果によって何を実現するか、それを実現することでどういう人間でありたいかを具体的にイメージし、それにコミットするという姿勢を持てるかどうか、ということです。

特に協調志向の人に顕著ですが、交渉で弱気になってしまう理由の一つに、「ここまで要求すると相手から強欲と思われないか、相手の心証を害するのではないか」という、面前の相手からの評価に対する恐れがあることでしょう。この恐れという感情は、程度の差こそあれ、発生そのものをなくすことは難しいものです。したがって、この恐れの感情が交渉姿勢に影響しないようにするには、これを上回る「○○という大義のためなら、目前の小さな感情的痛みを恐れてはいけない」という意志を持つことが重要になるのです。


(本項担当執筆者:書籍・GLOBIS知見録編集部 研究員 大島一樹)

『グロービスMBAで教えている 交渉術の基本』
グロービス経営大学院  (著)
1600円(税込1728円)

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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