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新事業を殺すのは不適切なマネジメント手法である

投稿日:2017/06/17更新日:2019/04/09

『新版グロービスMBA経営戦略』から「リーン・スタートアップと忘却・借用・学習」を紹介します。

ベンチャー企業にせよ大企業内の新規事業にせよ、新事業である以上、一定の失敗リスクは付き物です。理由としては、ニーズが不明瞭で市場規模も特定しにくいこと、競合や代替品の登場など、経営環境の変化が激しいことなどが挙げられます。しかし、失敗の理由はそれだけではありません。マネジメント方法が不適切で、本来成功の可能性が高かった事業が失敗に追いやられることも多いのです。

よくあるのは、不確実性の高い事業ならではのマネジメントではなく、古くから存在している事業を真似たマネジメントをしたり、大企業内で、既存事業と同じマネジメントを押し付けるたりするといったパターンです。これを回避するのが「リーン・スタートアップ」といった手法や、「忘却・借用・学習」といったフレームワークです。ベンチャーの世界では「ビジネスモデル以上にマネジメント力が大事」と言われますが、結局、ビジネスを活かすも殺すもそれをマネジメントする人や方法論次第という点は忘れないようにしたいものです。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

◇ ◇ ◇

リーン・スタートアップ

立ち上げたばかりの不確実な状態で、これから新しい製品やサービスを創り出さなければならない組織(いわゆるスタートアップ。ベンチャー企業だけでなく、企業内新規事業なども含む)が失敗するのは、何が原因なのか。それは、どんな人が顧客になるのか、どんな製品を作るべきなのかさえはっきりしないなかで、優れた計画やしっかりした戦略の策定、市場調査の活用といったことに目を奪われてしまうためだと、『リーン・スタートアップ』を著したエリック・リースは主張する。その一方で、旧来のマネジメント手法では不確実性に対処できないからといって、「とにかくやってみよう」と無秩序に走り出しても、失敗に終わる。

混沌とした事業創造のプロセスで、不確実性に対処しながら事業創造を前に進めていくための手法として生み出されたのが、リーン・スタートアップである。リーン・スタートアップの「リーン」(LEAN)は「無駄のない」という意味で、トヨタ自動車が開発した「リーン生産方式」に由来する。リーン生産方式では価値を生み出す活動と無駄とがはっきり区別されているが、リーン・スタートアップでも顧客のメリットにつながるもの以外は無駄と見なし、時間というリソースを有効活用しようとする。「顧客が望まないものを作る」という無駄を避けるために実際に顧客を巻き込んだ実験の結果に基づいて判断を下していく。これを検証による学び(validated learning)と呼び、スタートアップの進捗度合いは、この学びの度合いを単位として測られるべきだとする。

リーン・スタートアップでは、不確実性の低い既存事業でやるような、最初に多くの仮説に基づいた複雑な計画を立て、その計画に沿って進捗管理していく方式は、けっしてとらない。まず、価値仮説(提供する製品・サービスは顧客にとって価値があるか)や成長仮説(製品・サービスがどうやって新しい顧客に広がっていくか)といった重要な仮説を選び、最小限の労力と最短の時間でMVP (Minimum Viable Product――実用最小限の商品)を開発する(構築)。そして、実験を通じて顧客の反応を「計測」し、どんな顧客が自社の商品を使う・使わないのか、それはなぜなのか……といった発見をし、次に行うべき実験を考えていく(学習)。この「構築―計測―学習」(Build-Measure-Learn)のループを繰り返しながら商品を最適化するとともにループを一定期間回し終えた段階でいまの戦略を方向転換(ピボット)するか、継続するかの判断を下す。

戦略の修正、すなわちピボットは、事業創造のプロセスでは何もめずらしいことではない。シマンテックは創業当初、アンチウィルス・ソフトではなく人工知能関連の製品を研究・開発していたし、後に大成功を収めたペイパルも、最初の2年間で5回ものピボットを行ったとされる。戦略の修正は、伝統的な戦略観からすれば「失敗」というネガティブな判断に聞こえるかもしれないが、スタートアップが正しい戦略を突き止めるためには、失敗とそこからの学びの反復が不可欠なプロセスなのである。

このようにリーン・スタートアップは顧客から学ぶことを通じて、最小限の労力、最短の時間で戦略の精度を上げていく手法であり、事業創造のような不確実な状態で新製品や新サービスを生み出さなくてはならないときに適したマネジメント手法である。

忘却・借用・学習

事業創造の難しさは、ベンチャーとすでに実績のある大企業とでは、その中身がやや異なる。ベンチャーは使えるリソースが少ないなかでスピーディに事業基盤を作っていかなければならない難しさがあるのに対し、大企業が深刻なリソース不足に悩まされることはほぼないからだ。にもかかわらず大企業は、不確実性が高く、かつ既存事業とは特性が異なるはずの新規事業を、成功した既存事業の論理でマネジメントしてしまい、失敗に終わることが多い。

では、成功体験が応用できない新領域において、実績ある企業が事業創造を成功させるにはどうすればよいか。この観点から新規事業の戦略マネジメントを捉えたのが、ダートマス大のビジャイ・ゴビンダラジャンらによる忘却・借用・学習のコンセプトである。学習についてはリーン・スタートアップの中でも触れたので、以下では忘却と借用について解説しよう。

●忘却
既存事業と新規事業とで求められる戦略には根本的な相違があるため、企業は従来の戦略とそのマネジメントのやり方を、いったん忘れなくてはならない。だが実際には、事業特性の違いを考慮して新規事業を特別扱いにすると既存事業部門からの反発を招くため、経営者は新規事業チームに、既存事業と同じマネジメント手法や規定を課しがちである。すると、社員同士の関係や業績評価指標、事業計画のフォーマット、勤務査定基準など、社内のいたるところに染み込んでいる「組織の記憶」が足枷となって、忘却は失敗に終わる。

こうした組織の記憶を断つためには、たとえば(1)新規事業の責任者やメンバーを外部から登用する、(2)新規事業チームに適用する人事制度(肩書や評価・報酬体系など)を新しくする、(3)新規事業のプランニングや進捗管理方法を新しくする、(4)新規事業チームを高い職位の経営幹部の直轄とし、既存事業部門の口出しに屈しない権限を確保する、といった方策が有効である。

●借用
大企業は忘却を重視しながらも、同時にベンチャー企業より優位に立つために社内資産の活用を図らなくてはならない。生産設備や研究開発組織、ブランドや販売チャネルから、予算システムや人事制度まで、既存事業部門から借用できる資産は豊富にある。しかし、借用は忘却の足枷にもなるため、その範囲を十分に絞り込み、新規事業に決定的な競争優位をもたらす1つから2つの資産に限定すべきだとされる。特に開発や製造、販売といった付加価値活動のプロセス(バリューチェーンの主活動)よりも、市場調査の方法、財務予測への反映、予算の決め方など、投資判断にかかわる側面支援活動のプロセスのほうが、新領域では障害になりやすいため、これらの借用は極力避けるべきである。

また、既存事業部門は、「新規事業が自分たちのビジネスとカニバリゼーションを生む」とか、「マスコミや経営陣が新規事業ばかりに注目し、自分たちが大事にされていない」「自分たちが築き上げた経営資源が、新規事業によって浪費・棄損される」といった警戒心を持つことがあり、新規事業チームとの間に軋轢が生じやすい。こうした軋轢も借用を阻害するため、両者が円滑な協力関係を構築できるようマネジメントすることが経営者の役割でもある。

(本項担当執筆者:グロービス経営大学院教員 山口英彦)
 

『新版グロービスMBA経営戦略』
グロービス経営大学院  (著)
2800円(税込3024円)

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