囲碁や将棋のトップ棋士にソフトウェアが完勝したり、機械翻訳機能が格段に向上したり、スマホのカメラ上で顔を瞬時に加工できたり等々、近年のデジタル技術の進歩と、その生活への普及スピードは目覚ましい。
このような一つひとつの新商品、新サービスに感心させられる一方で、それだけに留まらず、企業の経営スタイルについても、従来の常識をひっくり返すような抜本的な変化があるのではないか、そしてそれは個人の働き方や将来のキャリアにも大きな影響を及ぼすのではないか、こう考える方も多いことだろう。著者の冨山和彦氏は、この不確実で不透明な状況にズバリと切り込み、明快な見通しを示す。
冨山氏の特長といえば、「いま、どんなことが起こっていて、その変化の要因は何で、したがってこれからどうなると予想されるのか」についての分析、描写の鮮やかさと説得力である。かつて『なぜローカル経済から日本は甦るのか』(PHP新書、2014年)で提示した、「G(グローバル)の世界とL(ローカル)の世界の分断、それぞれの対応策の違い」などはその代表例だ。本書でも、著者の本領は遺憾なく発揮される。ほんの一部をご紹介しよう。
今は、1980年代から続くデジタル革命の最終段階で、ほぼ全産業にわたって産業構造、競争構造がドラスティックに変化する可能性があるという。これまでの変化はコンピュータ、通信などサイバー空間に関連のある産業で起きたものだったが、いよいよ自動車、機械、建設、対人サービス業といった、実物の手触りのある産業においても激変の波が押し寄せる。なお、ここでデジタル「革命」という言葉が使われているのは、単に大きな変化というだけではない。今まで支配的だった存在がその地位を失い、脇役どころか存在を意識すらされていなかったプレイヤーが主役へ躍り出るといった、大どんでん返しを想定した比喩である。これからの時代の変化の激しさと、それに伴って訪れるチャンスの大きさがひしひしと感じられる。
そして著者がこの本で新たに提示するのが、「C(カジュアル)の世界とS(シリアス)の世界」の対比だ。Cの世界とはゲームやコミュニケーション・ツールに代表されるバーチャルな世界、Sの世界とは自動車や医療、建設などヒトの命に直接的に関わる世界を指す。これまでのデジタル革命の動きの中で、Cの世界では差別化が難しく価格競争になりやすいのでなかなか稼げなくなる。そのため、これからのビジネスチャンスはSの世界で新たなテクノロジーを活かしていかに生産性を上げるかにかかってくると説く。
興味深いのは、このようなCの世界からSの世界へのシフトがあるとすると、これまでデジタル革命の中で冴えないと思われてきた日本企業、特にローカルな日本企業にもチャンスがあるということだ。なぜなら、Cの世界における競争優位性とSの世界における競争優位性は質が異なるからで、Cの世界であれば優れたソフトウェアの開発でほぼ勝負が決していたところが、Sの世界では、もちろんソフト部分も重要ではあるものの、それを実行するハード(たとえば車のエンジンや車体、医療機械、建設機械や建材等)とのすり合わせが必要であり、こちらについては「ものづくり」で鍛えられてきた日本企業の強みが生きる余地があるとの見立てである。
もちろん、ただ単純に日本企業が有利というわけではなく、乗り越えなければならない課題も著者は同時に提示している。それらはこの本を読んでいただくとして、これからの時代の変化に対して、ほどよい危機感を持ちつつ、前向きでワクワクする挑戦欲もかき立てられる、オススメの一冊である。
『AI経営で会社は甦る』
冨山和彦 (著)
文藝春秋
1500円(税込1620円)