VUCA(Volatility激動、Uncertainty不確実性、Complexity複雑性、Ambiguity不透明性)と呼ばれる現代において、ビジネスパーソンが経営戦略論を学ぶ意味はどこにあるだろうか。
ビジネス環境の変化が激しく、先の読めない時代にあっては、過去の成功体験が明日も通用する保証はない、という話はよく聞く。また、クラウドソーシングやIoTといったICT技術の劇的な進化によって、競争のルールが変わってきていることも、かねがね実感するところだ。GoogleやFacebookは瞬く間に世界的な大企業に成長したし、UberやAirbnbといったいかにも斬新なビジネスモデルを携えた新興企業が、続々と現れてくる。ということは、過去に有効だった戦略のパターンは、もはや役に立たず、学ぶ意味など無いのだろうか。一ビジネスパーソンとしては、新しい戦略の枠組みをゼロから学ばないといけないのだろうか。
そんな問題意識をお持ちの読者の方々に向けた「経営戦略論の概説書」として、本書はオススメである。
本書は、グロービスMBAシリーズの1冊『MBA経営戦略』を全面改訂したものだ。全体は3部構成から成っており、第1部は戦略論の基礎を概説するパートだ。マイケル・ポーターに代表されるポジショニング論、コア・コンピタンスやVRIOなどの資源ベース論、組織学習などのラーニング論について、定番とも言える戦略論をコンパクトに解説している。第2部は、実務においてフレームワークを「どう使うか」のパートだ。おなじみの「3C分析」「アンゾフのマトリクス」などについて、事例に当てはめてみてどんな示唆が得られるのか、どんな点に注意が必要かといった点を解説している。そして第3部は、現代において特に緊急性の高いテーマを掘り下げたパート。具体的には、イノベーションをどう起こしていくか、グローバルな課題にどう対応するか、そして新しい戦略論のトレンドについてである。
MBAシリーズの共通フォーマットにのっとって、各章の冒頭には実際の企業(一部、架空の設定のものも含む)を題材としたケースを取り上げ、それを参照しながら解説する形式となっている。理論の解説部分では、実務家にとって「いかに理解を助け、役に立つか」の視点から、事例や図表を豊富に用いているのが特徴だ。
第1部で紹介されている定番の戦略論の数々については、1つの考え方で染め上げるのではなく並列的に紹介されている。「こんな状況、こんな前提においては、こういうメカニズムが働く」というように、使える場面と限界とをセットで捉えるならば、過去の定番戦略を学ぶことも決して無駄ではないだろう。
第2部で紹介されている環境分析、自社分析のフレームワークについても、総じて「これらを使って精緻な分析をすることが必要だ」ということがメインメッセージではない。分析の着眼点と何を読み取るべきかの解説に重点が置かれている。また、PDCAをスピーディに回すことの重要性も触れられている。いかに先の読めない時代といえども、環境分析・自社分析自体が不要になるとは考えにくい。むしろ不透明で不確実な時代だからこそ、環境分析・自社分析によってスピーディに当たりをつけるスキルは、重要度を増すのではないか。
もちろん、定番コンセプトだけではない。第3部では、冒頭で触れた、ICT技術に代表される近年の劇的な環境変化に応じた、新しい考え方が紹介されている。特に第7章「事業創造の戦略」、第9章「競争優位の再考」にある、プラットフォーム戦略、リーン・スタートアップ、オープン・イノベーション、ビジネス・エコシステムなどが注目だ。こうした考え方がますます重要になっていくことが読み取れる。
これから読者の皆さんは、自身のビジネスでどのような戦略を構想されるだろうか。そのとき、ふと参照するためのガイドとして、本書はきっと役に立つことだろう。
『新版グロービスMBA経営戦略』
グロービス経営大学院(編著)
ダイヤモンド社
2800円(税込3024円)