「愛の値段はいくらでしょうか?」
本書の第一章には、こんな問いかけが出てくる。『定量分析の教科書』というタイトルからは、さまざまな数式やフレームワークを駆使して、膨大な数値データから何か意味のある解釈を引き出すスキルを学べる本という印象を持つ人が多いだろう。確かにそういう面もあるのだが、本書のキモは「目の前にあるデータをどう分析し、解釈するか」よりもむしろ、「一見、数値や関数では表せなさそうなものごとを、どう定量化するか」にある。
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冒頭の「愛の値段」以外にも、このような、何とも漠然とした問いが次々に投げかけられる。はじめのうちは「感覚的には何となく言えるけれど、定量的に答えを出すなんてどうしたらいいのか」と、とまどうかもしれないが、読み進めていくうちに「なるほど、こういう切り口でデータを取って比較すれば、それなりのことは言えるかもしれない」と勘所が分かってくるだろう。それこそが筆者の狙いと思われる。
ビジネスの本質は、「因果関係の構築」だと筆者は一言で喝破する。現実の世界の出来事は複雑に絡み合っていて、何が原因で何が結果なのか、厳密に特定することは難しい。そんな中で「こうすればこんな成果が得られるのではないか?」と、多少の誤差は割り切りながら仮説を立てて予測し、行動に移していくのがビジネスで、その仮説の精度を少しでも高めた者が勝つのである。
こう考えていくと、単に定量分析のスキルをよく理解しているというだけでは、ビジネスパーソンとしては不十分である。一見するといかにも定性的・感覚的にしか把握できなさそうなことについて、少しでも定量化・モデル化できないかとチャレンジする姿勢と、その定量化・モデル化の精度を見極められる眼力が重要なのだ。そんな筆者のメッセージが行間からひしひしと感じられる。
実は、こうした姿勢は、昨今話題のビッグデータ、人工知能、機械学習といった考え方とも親和性があるらしい。たとえば、機械翻訳の能力がどんどん上昇しているというニュースを聞くが、最近の機械翻訳は、人間がコンピュータに文法をプログラミングして「こういう構文のときは、こう訳せ」と命令する方式ではない。過去に人間が翻訳したデータ(原文と翻訳文が対になっているもの)を極めて大量に読み込み、前後の単語の並びから「こういう単語の順番で登場するときは、こういうふうに訳すことが多いらしい」と、文法など知らないコンピュータが“当たりをつけて”翻訳する。その方が、文法に当てはめて訳出する方式よりも、優れたパフォーマンスを示すというのだ。
人工知能時代のコンピュータは、どんな法則が働いているのか事前に知識がなくても、膨大なデータを集めてそこから共通するパターンを抽出し、それによって将来を予測する。そうすると、それを使いこなしていく人間にも、やはり「こういう問題について予測を立てるのならば、こういうデータがあるとよいのではないか」と定量化の切り口を見つける力が求められるのではないか。本書は、その力を磨くのに、うってつけと言える。
もちろん、こうした「定量化の切り口」論だけでなく、もっと実際的な話、たとえば、世の中にあるさまざまなデータの集め方、グラフの作り方や見方、回帰式の精度を判断する際に着目すべき数値などについての分かりやすい解説も満載だ。
スペースシャトル・チャレンジャー号の事故原因を特定したグラフ、世界各国の一人当たりGDPと平均寿命の関係を示したグラフ、あるMBAプログラムの学生の誕生月の分布、ボルドー産ワインの生産年別の価格の予測式など、筆者が集めたり自作したりした、さまざまなグラフやデータ分析などを眺めるだけでも面白い。
グロービス経営大学院の「ビジネス定量分析」クラスのエッセンスが詰まった、中身の濃い一冊である。
『定量分析の教科書―――ビジネス数字力養成講座』
グロービス(著)、鈴木 健一(執筆)
東洋経済新報社
2600円(税込2808円)