MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している。2016年、「創造部門」で受賞した株式会社エディア取締役副社長 COOの田口政実氏(グロービス経営大学院東京校、2015年卒)に、MBAの学びをどのように活かしたのかについて聞いた。(聞き手=GLOBIS知見録「読む」編集長 水野博泰、文=荻島央江)
知見録: 受賞おめでとうございます。まずは感想をうかがいたい。
田口: グロービス経営大学院に集うビジネスパーソンから選ばれたということは素直に嬉しい。今の会社に転職して15年。この間に事業が激しく入れ替わり、浮き沈みを何度も経験した。倒産の危機に追い込まれたこともある。寄り道や回り道が多かったが、今となればそれも自分達らしかった気がしている。
数年先まで見通せる新規事業に“飽きる”
知見録: 田口さんは新卒で1997年にナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)に入った後、現在の会社に2002年に転職した。ここまでの経緯を教えてほしい。
田口: 大学時代は人類学を勉強していた。当時は、研究者としてアカデミックな世界で食べていければと考えていた。しかし、卒業前に1年間休学して海外を見て回っている間に考えが変わった。
振り返って考えれば、オーストラリアの先住民族に会ったことがきっかけかもしれない。国の保護を受けて都市部に暮らす人々の一部は、活力がなく荒んだ印象だった。逆に今も奥地に住んでいる先住民はイキイキと働いていて、みんな優しい。そうした姿を目の当たりにして、「人は働いて、社会と接点を持っていないと楽しく暮らせない」と感じた。
帰国後、かなり遅いタイミングで就職活動を始め、ナムコに拾ってもらった。ナムコを選んだのは、インターネットビジネスをやりたいと思ったからだ。ウインドウズ95が流行った頃で、一般の家庭にもインターネットが普及する匂いがしてきた時期だった。インフラやハードが普及した後は、今で言うコンテンツの勝負になるはず。「それならゲームかな」と。
知見録: 入ってみてどうだったか。
田口: 入社当初はアミューズメント施設向け製品のマーケティングを担当した。ゲーム開発の先端を走る、当時の会社にとっては重要なビジネスだったが、市場を理解すればするほど未来がないことが分かった。家庭用ゲーム機が高性能化しつつあり、ライフスタイルの多様化も進んでいた頃だ。
だから、部門の企画会議で「業務用ゲーム機よりモバイルをやろう」と提案し続けるうちに、「ウエブ&モバイルコンテンツプロジェクト」という全社横断のプロジェクトが立ち上がり、私もそこに参加した。携帯電話にゲームを配信する新規事業だ。これが大成功を収め、翌年には事業部に昇格。私はディレクターとしてサービス企画や通信キャリアへの営業を担当した。これを2年ちょっとやった後に退職した。
知見録: なぜ事業が波に乗っているときに退職したのか。
田口: ナムコは老舗のゲーム会社で、優良なコンテンツを豊富に蓄積していた。事業開発の早い段階で、それらを携帯向けにダウンサイジングして移植するという勝ちパターンが確立してきた。ただそれ故に、やるべきことが向こう数年分見えてしまったというところはある。加えて、事業が大きくなり人が増えるにつれて仕事が細分化され、裁量権も制限されて自由度が下がった。要は“飽きて”しまったのだろう、徐々に仕事がつまらなく感じるようになった。そのときに知人を介してエディアの創業社長だった原尾正紀と知り合って、彼に誘われて入社を決めた。社員が数人しかいない、小さな会社だった。
会社の信頼にレバレッジを利かせる
知見録: どんなふうに誘われたのか。
田口: 「やりたいことはたくさんあるが、人材と経験が不足して実現できない」ということだった。課題満載で面白そうな会社だなと感じ、ほとんど迷うことなく「やります」と返事をした。ちょうど何か新しいことをやりたいと思っていた時期だった。
知見録: 恵まれた環境にある大企業から、先行きが不透明なベンチャー企業への転職は勇気が要ったのでは。よく思い切った。
田口: いくら安泰でも飽きてしまったことを続けるのは苦痛だし、会社の看板なしで、自分の力だけでどれほど仕事ができるのか試してみたかった。まだ若かったし、あまり深く考えたわけじゃない。ただ、もっと楽しく仕事したかっただけだ。
知見録: 入社してみて、会社はどんな状態だったか。
田口: ヒト、モノ、カネ、前職と比べればいろいろ足りなかったが、何より実績がないことがきつかった。営業に行っても、実質的に門前払いされることもしばしば。アイデアに自信があっても、なかなか本気で相手にしてもらえない。
だから、実績も他社から借りてくることにした。大手企業に協業提案を持ち込み、その“営業実績”をテコに、また別の大手企業に売り込みに出向く。時には営業先に、別の営業先のご担当者を連れて行ったりもした。会社の信頼にレバレッジをかけていくような作業だ。そんなことを繰り返しながら、少しずつアイデアを形にして本物の実績を手に入れていった。スタートアップ期の経営は“借り物競走”に近い。ないものは全部、よそから借りてきた。
倒産の危機に陥り、苦難の再生に取り組む
知見録: 倒産の危機に陥ったことがあるそうだが。
田口: 社長の原尾は日産自動車の出身で、自動車関係のビジネスに明るく、私はゲーム会社出身でエンターテインメントとモバイルを土俵にしていた。お互いに異なる領域で勝負しながら、ときに連携して会社をドライブしていた。モバイル事業は比較的堅調に成長していたものの、会社としては創業事業でもある自動車関連分野に投資を続けてIPO(新規株式公開)を目指していた。だが金融危機のあった2008年頃から自社開発のハードウェア販売がうまく回らなくなって、徐々に経営が悪化。不良資産を抱えて、最終的にあと数カ月で資金ショートするという倒産寸前の状況まで追い込まれた。これを機に当時の経営陣は皆退任し、私だけが会社に残った。
知見録: 当時、どんな心境だったのか。
田口: 再生するには経営の抜本的な見直しが不可欠であったが、それを進めれば進めるほど、守るべきものを失っていくという苦しい時代だった。事業ドメインの転換にともない、多くの仲間やお客さまを失った。それまで育ててきた大切なものを、会社の存続のために諦めざるを得ないという痛し痒しの状況が続き、精神的にもしんどかった。
知見録: 失われるものの辛さを埋めて余りあるものがないとやっていられないと思うが。
田口: 会社を潰したくないという思い、それだけだった。この危機を乗り越えれば、必ずまた魅力的なサービスを提供する会社に復活すると信じていた。30代というビジネスマンにとっての青春時代をここで過ごしたので、会社への愛着も強かった。それに自分なら立て直せるとも思っていた。ベンチャーを十数年やってきて、危機や困難には何度も遭遇した。その度にどうにかしてきたから、今回もどうにかなるという自信はあった。
知見録: 当時、会社の規模はどれくらい?
田口: 売り上げは3倍ぐらい。関連会社も2社あった。再生にあたって資産を小さくしたほか、会社のドメインをモバイルコンテンツ事業に移して、ハードウェア関連の事業は全部切った。それ以外にも不採算事業をテコ入れしたり、転換したり。会社の財務再建に2年くらい費やしたが、この時期に難しかったのは再成長につながる芽まで摘んでしまわないようにすることだった。守備一辺倒になって、縮小均衡の罠にかかってはならなかった。ベンチャー企業は成長にコミットしている。ただ単に生き残ればいいのではなく、生存と再成長をセットでやらなければならない。今年の春にようやくIPOすることができたが、これで再生活動に一区切り付いたと考えている。
グロービスは正論を吐ける救いの場だった
知見録: グロービス経営大学院に入学したのは?
田口: 2012年。再生を2年やって財務的な危機を脱することができた頃だ。
かつては経営に全く興味がなかった。しかし、会社が倒産寸前まで追い込まれるという経験をして考えが変わった。経営者にとって、「分からないからしょうがない」なんて言い訳は通用しない。自分以外には前にも後にも誰もいない。それがベンチャー経営の現実。自分で勉強するしかないと思った。
知見録: グロービス経営大学院を選んだ理由は。
田口: 実学主義というか、ビジネスの現場で価値を出すことにこだわっていたからだ。講師陣が実務家というのも大きい。教えてもらうならそういう方々以外にあり得ないと思った。実際、期待以上だった。
知見録: まだまだ会社が大変な中で、経営と学びをどう両立したのか。
田口: 時間や体力のマネジメントは大変だったが、精神面ではむしろ助けられた。深刻な経営危機を経験し、会社全体が委縮していた時期で、新しいことに挑戦するのに過剰に臆病になっていた。ベンチャー企業にとっての再生はイグジットを含むが、肝心の成長に向けたリスクを取りに行けない空気だった。何事も容易には進まず、過去の傷跡をケアしながら時間をかけて進まざるを得なかった。色々と我慢が必要なもどかしい時期で、私自身、かなりフラストレーションを溜め込んでいたと思う。
しかしグロービスでは堂々と正論が吐ける。手加減せずに議論できる。ケースワークは経営の模擬戦だが、環境分析して、自社の資源や能力を見極めて、だったらこうすべきだと、はっきり言い切ってしまって構わない。会社で抑制していたことをグロービスで思い切りできたのは、私の精神衛生上とても良かった。
知見録: 実業に生かされたか。
田口: 大いに生きた。現場で仕事をしていると、組織に働いている慣性みたいなものに経営者自身も飲み込まれる。やるべき改革に踏み込めない、取らなきゃいけないリスクを取れない、そういう状態に陥りがち。それを突破するためには、論理的な思考に基づいた空気を読まない判断が重要なのだ。論理的に考えて正しいことは、時間差はあってもいずれそうなる。現場の雰囲気に迎合し続けてしまうと、組織はゆっくりと破綻していってしまうのだ。「正論」と「現場のリアル」を行き来することで初めて、価値があり、実効性のある打ち手にたどり着ける。何かをやろうとすると矛盾や困難が山のように出てくるけれど、そこで引き返さずにさらに踏み込んで進む。それこそが仕事。そういう当たり前のことをグロービスでは繰り返し教えてくれた。私にとって大切な資産になった。
苦しい時に逃げると生き方に傷がつく
知見録: 経営していく中では立ち向かわなければならない場面がある。そのときに自分自身をドライブしていく秘訣を教えてほしい。
田口: 目先の損得に囚われないことだ。例えば、会社の再生に責任ある立場で臨んで失敗すればキャリアには傷がつくかもしれない。でもそれ以上に、一番苦しいときに逃げると、生き方に傷がつく。もっと大きいリスクというか、生涯にわたる問題を抱えてしまうと私は思う。「俺は逃げ出した」という現実を背負って、その先も生きていくのは辛い。だったら最後まで戦って、力が及ばなかったら、その結果を受け止めるほうがいい。
選択が正しいか否かは、その時点ではたぶん分からない。後になって自分が結果で証明することだと思う。成功すれば良い選択だったということになるし、そうならなかったら力が足りなかっただけの話だ。
知見録: この15年の間にリーダーとして成長したと思うところは。
田口: 自分で考えて選択し、その責任は自分で取るという覚悟で経営にあたっている。それが実践できるようになったのが私にとっての成長だ。事業をしていればどうしたって、成功することもあれば失敗することもある。それでも、失敗して苦しくなったときに逃げなかったおかげで、自分を嫌いにならずにすんでいるし、仲間にも堂々と向き合える。若い頃はそんなことを考えていなかった。
また、経営危機の経験を通じて、少しだけ謙虚になれたかもしれない。かつては「部下や仲間を守らならなければ」という思いが強かったが、実際には会社が潰れかけ、危うくみなを路頭に迷わせるところだった。そうならなかったのは、運が良かっただけ。経営者だからといって、誰かの人生を守ろうなんて奢りというか、大それた考えではないかと思う。
自分と一緒に仕事しているときに、少しでもその人の職業人としての価値を高め、成長やキャリアの伸長を手伝うことができれば、それで上司としての責務を最低限は果たしているのではないか。今はそのように考えている。
知見録: IPO(新規株式公開)も果たして成長ベースに入っていることが評価されて今回のアルムナイ・アワード受賞につながったが、これから先どうしていきたいか。
田口: まずは、会社の主役を若い人たちに移したい。IPOが見えた頃から世代交代に取り掛かっていて、今年はそれをさらに加速させているところだ。そうすることで私の自由度も上がると思うので、私は私でまた新しいことを始めたい。良い会社の定義は難しいが、うちで働いている一人ひとりの個性が生かされた、代替えの利かないユニークな会社に成長していくことを強く願っている。
グロービス アルムナイ・アワード2016 創造部門
田口政実氏(株式会社エディア 取締役副社長 COO)の受賞理由
筑波大学を卒業後、株式会社ナムコ(現 バンダイナムコエンターテインメント)に入社。アーケードゲームとアミューズメント施設のマーケティング業務に従事した後、携帯電話向けにコンテンツ配信を行う「WEB&モバイルコンテンツプロジェクト」の立ち上げに参画。同プロジェクトの成功後、2002年アーリーステージのITベンチャーであった株式会社エディアに転じ、様々なモバイルサービスの企画立案、新規事業開発、リストラクチャリング、資本業務提携および各種アライアンス構築を手掛けられ、事業本部長、経営企画室長などを歴任した後、取締役副社長COOに就任。事業統括とマネジメント全般を主導し、東京証券取引所マザーズ市場への新規上場に貢献されました。
グロービス アルムナイ・アワードとは?
「グロービス アルムナイ・アワード」は、ベンチャーの起業や新規事業の立ち上げなどの「創造」と、既存組織の再生といった「変革」を率いたビジネスリーダーを、グロービス経営大学院 (日本語MBAプログラムならびに英語MBAプログラム)、グロービスのオリジナルMBAプログラムGDBA(Graduate Diploma in Business Administration)、グロービス・レスターMBAジョイントプログラムによる英国国立レスター大学MBAの卒業生の中から選出・授与するものです。選出にあたっては、創造や変革に寄与したか、その成功が社会価値の向上に資するものであるか、またそのリーダーが高い人間的魅力を備えているかといった点を重視しています。