『グロービスMBAマーケティング』の第13章から「価値を生み出すソリューション」を紹介します。
マーケティングの原理に立ち返ると、BtoC企業はもちろん、特にBtoB企業では、本来売るべきは「顧客のニーズを解決する解(ソリューション)」であるべきです。しかし、多くの企業はそうは考えません。どれだけ最初は顧客ニーズに寄り添った提案をしたとしても、いつの間にか、できてしまった製品やサービスをいかに効率的に売るかを考えるようになってしまうものです。もちろん、毎回ゼロベースでベストフィットのソリューションを提供することは経済性も見合いませんし、必ずしも効果的とは言えません。しかしそれでも、常に顧客ニーズという原点に立ち、それにトータルとして応えられているか、「モノ売り」ではなく「コト売り」ができているか――そう自問することが、マーケティングに強い企業を作るのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
価値を生み出すソリューション
ビジネス・マーケティングでは、売り手の立場はいわゆる「(納入)業者」となってしまうことが少なくない。一般に、提供できる付加価値が小さく、差別化の度合いが小さいほど「業者」扱いから脱却できず、いいように価格を叩かれ、収益性を落とすことになりやすい。仮に現在は高い付加価値を提供できていても、技術の進化などによって環境が変化し、差別化できなくなると、同じ問題を抱えるようになる。人件費や地代などで多額の負担を背負っている企業にとって、これは事業の衰退を意味しかねない。
こうした状況を回避し、適正価格を保持するためには、先述したように、その企業ならではの価値を創造し、顧客に的確に提供していくことがポイントになる。その際のキーワードが「ソリューション」だ。ソリューションとは文字どおり、顧客ニーズに対する解決策である。顧客ニーズに応え、顧客を満足させるというマーケティングの原点に通じる考え方であり、「モノ売り」「ハード売り」というセリング思考に対するアンチテーゼとも言える。
ソリューション提供への意識改革
ソリューションの提供に事業をシフトして成功を収めた代表例が、IBMである。同社は、1980年代後半から90年代前半にかけて、日本の大手メインフレームメーカーやアメリカのパソコンベンチャーにシェアを侵食され、危機的な状況に陥った。しかし、1992年にCEOに就任したルイス・ガースナーのリーダーシップの下、「パソコンやメインフレーム(およびそれに付随するソフトや保守サービス)を売る」という発想から、「コスト削減やマーケティング力強化といった法人顧客のニーズに対してITを軸にしたソリューションを提供する」という発想に移行することで危機を乗り越え、再びIT業界のリーダー企業へと返り咲いている。
このときIBMは、ソリューション志向を徹底するため、ます組織の変更を行った。それまでは地域や自社製品をもとにした組織構造だったが、顧客が抱えるニーズにより近づくために業界セクター別に再編したのである。同時に従業員、特に営業担当者の人事考課と報奨に関して、販売額だけではなく「顧客に対してソリューションを提供できたか」という要素を加味した。ガースナー自らが、ソリューションという考え方の重要性を社内外にコミュニケーションし続けたことは言うまでもない。このように トップが常にコミュニケーションするとともに人事評価や報奨、組織構造など制度面も変更して初めて、組織全体が変わっていくのである。
ただし、始めるのは簡単でも持続させるのは難しい。当初はマーケティング発想やソリューション志向を持っていても、事業が長く続き、人員が増え、製品やサービスが複雑化・高度化するにつれ、事業のあり方が次第に提供者側の論理に縛られるようになるからだ。例えば営業担当者のトレーニング1つをとっても、製品・サービスが複雑化すると問題発見能力や提案力を身につけることよりも、製品知識の習得がトレーニングの中心になってしまう。それゆえに常にソリューション志向が実現しているかを監視し、軌道修正する仕組み(例えば、顧客への定期アンケートなど)を内在化させることが必要である。
ソリューション志向を強調することは、顧客の要望は何でも聞くという安易なカスタマイズに流れてしまうリスクもはらんでいる。製品別の収益性を調べてみると、手間ひまかけたカスタマイズ品のほうが汎用品を大きく下回っていたというのは、しばしば見られる現象である。手間ひまとはすなわちコストであることを認識したうえで、コスト以上の価値につながるソリューションを提供しなければならない。また、顧客にソリューションを提供する際には、本質的な価値を生まないカスタマイズ要求は受けないといった強い意思も必要だ。
ソリューションのカギを握る顧客接点
ソリューションを提供していくうえで大きなカギを握るのは、顧客接点を担う人々である。なかでも営業担当者がソリューションを意識しながら、顧客と対話できるようにすることは、きわめて重要である。しかし、顧客ニーズの吸い上げを営業担当者だけに任せている企業は、徐々に競争力を失っていくだろう。
近年の経営環境において企業に求められているのは、企業全体として顧客の声を吸い上げ、それを製品やサービスに反映させていく仕組みをつくることである。したがって、顧客接点となりうる人間(テクニカルサポート・スタッフ、電話相談窓口など)がソリューション提供への意識を持ち、顧客から得た情報を社内に還流させる仕組み(インセンティブの付与やトレーニングの実施など)が必要となる。
顧客接点の質を高めることで売上高営業利益率40%超という驚異的な高収益を上げている企業に、メーカー向けのセンサーや測定器を主力製品とするキーエンスがある。同社では、強力な営業部隊が顧客開拓や既存顧客のサポートにあたるのと同時に、新たなソリューションが必要になりそうな現場を見つけると、直ちに製品企画担当者が駆けつけるようになっている。企画担当者は顧客の製造プロセスに深く入り込み、製造工程を観察するときには、「ここにこのタイプのセンサーを取り付ければ、製造工数は劇的に短縮される」といった視点で改善ポイントを考えていく。その後、顧客に製品提案を行い、実際にそれを短期間で開発・納入(同社は生産設備を所有しないファブレスメーカーで、製造は外部委託)する。こうしたアプローチを徹底させることにより、同社の製品の多くは、顧客ニーズを先取りして世界で初めて開発されたという、他社には真似のできない提案型製品となっている。
次回は、『グロービスMBA組織と人材マネジメント』から「組織の時代」を紹介します。
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