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それぞれの現場で世界を変える生き方を学ぶ― 「聞き書 緒方貞子回顧録」

投稿日:2015/12/12更新日:2020/01/25

シリア難民が増加している。ドイツのように受け入れる国もあるが、欧州内でもそのコンセンサスはとれていない。今後も増え続けるであろう情勢の中、国連機関であるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が中心となって支援にあたり、難民の「今日」を支えている。

国連の一補佐機関であったUNHCRの名が日本中に知れ渡ったのは、緒方貞子氏がリーダーに選出された年ではないだろうか。アジア圏から出た学者で、しかも女性である緒方氏が代表に選ばれたという話題性も大きかったが、就任後わずか1カ月の間に、冷戦後の内紛が至るところで勃発する混乱のさなか、次々と実績を重ね、名実ともにグローバルリーダーとして尊敬の対象となった。

本書は、緒方氏の膨大な記録と詳細な聞き取りによって、その人生の「回顧録」という形をとっている。これまでも自身執筆の書籍やインタビュー形式の書籍も複数あるが、「聞き書」となっている通り、緒方氏があまり書き残してこなかった「困難を乗り越えた方法」「結婚のいきさつ」「仕事へのスタンス」について引き出され、緒方氏自身も加筆している。国際情勢や難民問題における史実としても重要な資料だが、リーダーとして、仕事に、危機にどのように取り組んできたのかがわかるビジネスパーソンにも示唆の多い内容だ。

冒頭には、「人生を振り返ることはあまりしたことがない」と書かれていたが、その出生から青春時代、結婚後においても、緒方氏は激動の歴史の渦中にいる。戦後間もない時期に留学し、国際政治学の学位をとったものの、国連に招かれた時期は小さな子を持つ母であり、大いに迷ったと言う。「自ら手を挙げて始めた仕事はあまりなかった」とある通り、想いに突き動かされ、自ら周囲を巻き込んでいく一般的なリーダー像とは異なり、それぞれの現場で積み上げられた信頼と実績によって、さらに必要とされる場所から次々に請われていく人である。

「世界が大きく変動する中で仕事をしてきた」 

湾岸戦争の最中に就任し、すぐに直面したのが、難民の数においても、発生した地域においてもこれまで前例がなかったのが、クルド人難民である。それまでの難民の「定義」を覆し、国内避難民であるクルド人の支援を決めたが、この決断は現在の難民支援の体制にまでつながる大きな転換となるものであった。そこには、「状況を踏まえて現実的な判断をする」という冷静な視点と、常に「人間を大事にする」というシンプルながら強い信条がある

「『人の命を助けること』。これに尽きます。生きていさえすれば、彼らには次のチャンスが生まれるのですから」

優しさやヒューマニズムという言葉は、こと外交や経営の場においては使われないばかりか敬遠される場合もある。しかし緒方氏は、強い言葉でこう言い切る。

「耐えられない状況に人間を放置しておくということに、どうして耐えられるのでしょうか。そうした感覚をヒューマニズムと呼ぶならそれはそれで一向に構いません。でも、そんな大それたものではない。人間として普通の感覚なのではないでしょうか。」

大事にしてきたのは現場であると言う。国連難民高等弁務官の時代だけではなく、その後の就任したJICAにおいても、「人間の安全保障」の提言でも、その想いは貫かれている。学者出身でありながら現場を重視する点においては、次のように述べている。

「日本の学界では実務の世界と学術の世界を分けて考える風潮が強いようですが、私はそうは思いません。両者は有機的につながっているべきです。その方がはるかに生産的です。私自身、大学や日本政府、国際機関で働く中で、その思いはますます強まってきました」

グロービス経営大学院では起業家・政治家・冒険家などのリーダーの事例を用いて学ぶ「企業家リーダーシップ」という科目がある。リーダーの生き方や想いに触れながら、「自らの心の動きを感じとる」ことも大切にする時間である。効率性や収益性を重視し、実務で追求するものと思われがちなMBAにおいて、人間性・哲学・ビジョン・ミッションをリーダーや仲間たちから学び、自らの「志」を醸成していく科目を設置しているビジネススクールは他にはないだろう。本書の緒方貞子氏のケースも来春よりこの科目の中に導入され、MBA生たちの学びの対象となる。

偉大な功績を辿りながら、歴史的な出来事の中で、どのように考え、決断し、行動してきたか、それらのことに想いを馳せる。しかし、一方で生きざまを知り、尊敬すればするほど、自分との違いが目につき、何を学びとするべきか、見えなくなるときもある。そう思いながら読んでいくと、ひとつの言葉に背中を押される。

「見てしまったからには、何かをしないとならないでしょう?したくなるでしょう?理屈ではないのです。自分に何ができるのか。できることに限りはあるけれど、できることから始めてみよう。そう思ってずっと対応を試みてきました。」

緒方貞子氏の人生から紡がれた言葉から、何をすべきか、何ができるかを考える。女性として、リーダーとして、一人の人間として、どんな角度からでも良い。誰しもが持つそれぞれの現場で行動につなげることで、世界は変わっていくのではないだろうか。

聞き書 緒方貞子回顧録
緒方貞子著
岩波書店
2,860円

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