『グロービスMBAリーダーシップ』の第2章から「リーダーシップとネットワーク」を紹介します。
古今東西、ネットワーク≒人脈を持たずして大きな仕事を成し遂げたリーダーはほとんどいません。人脈は、リーダーに情報やパワーをもたらすとともに、その影響力を加速度的に大きくしていきます。だからこそリーダーは人脈作りに力を入れるのです。近年はSNSなどを介して多くの人と繋がることも容易になりつつあります。時代が変わっていく中で、いかに効果的にネットワークを広げ、大きな動きにつなげていくかは、これからのリーダーに課された大きな課題と言えるでしょう。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
リーダーシップとネットワーク
ネットワークという言葉に意味合いの近い日本語に「人脈」がある。たしかに、人脈の豊富なビジネスパーソンは、人脈から得た人間関係、予算、情報などを駆使して、課題に関係する人々や状況に影響を及ばすことができる。また、人脈に連なるメンバーの「強力さ」によっては変革を推進できるだろうし、多様なアイデアを結び付けてイノベーションを起こすことも可能になる。自分のパワー基盤を強化したり、より有利な地位を得ることもできる。
そう考えると、リーダーシップの発揮とネットワークづくりとの間には、何らかの相関がありそうに思われる。ハーバード大学のジョン・コッターの研究によれば、優秀なゼネラル・マネジャーは、平凡なゼネラル・マネジャーよりもネットワーク構築に時間をかけるという。優秀なゼネラル・マネジャーは、そのポジションに就任してから1カ月、長い場合は6カ月をかけて人的ネットワークを構築する。それは直属の部下だけを対象にしたものではなく、同僚、部外者、上司の上司、部下の部下すべてを含めたものになる。また、正式な組織構造とは違ったネットワークも形成し、その人数は数百人、場合によっては数千人にもなるという。
このように、ネットワーク構築は、リーダーシップを発揮するうえで無視できない要素なのである。
ティッピング・ポイント
ネットワークの影響力を理解するうえで有用な概念にティッピング・ポイントがある。これは、あるアイデアや流行、社会的行動が、閾値(クリティカル・マス)を超えて一気に普及し始め、野火のように広がる劇的瞬間のことをいう。アメリカの人気作家、マルコム・グラッドウェルが紹介し、広く知られるようになった。
1990年代前半のニューヨークは、殺人件数が史上最悪を更新するなど、かなり無秩序な状態だった。ところが、94年2月、ニューヨーク市警察(NYPD)の本部長に任命されたウィリアム・ブラットンは、予算の増額もないまま、ニューヨークを安全な大都市に変貌させたのである。
この劇的な変革では、ブラットンのとったさまざまな施策が奏功したのはもちろんだが、彼の組織の動かし方にも特徴があった。プラットンは、NPYDの中で、周囲の心を動かす力にあふれ、尊敬を集めている中心人物にアプローチした。76人の分署長たちである。彼らはそれぞれ200~400人の部下を直に監督しているので、76人のやる気に火をつけたことで、おのずと3万人もの警官たちの心を動かすことができたのだった。
W・チャン・キムとレネ・モボルニュが著した『ブルー・オーシャン戦略』(有賀裕子訳、ダイヤモンド社、2013年)では、このブラットンの変革事例を「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」として取り上げている。それによるとティッピング・ポイント・リーダーシップとは、「ある組織において、信念や内的エネルギーの強い人の数が一定の臨界点を超えると、その瞬間、組織全体に新しい考えが急速に広がり、きわめて短期間で抜本的な変化が起こる」とする考え方である。
グラッドウェルは、ティッピング・ポイントに到達し、社会にムーブメントを起こすために必要な要素として、少数者の法則、粘りの要素、背景の力の3つを挙げている。
1) 少数者の法則
情報は、最初は少数の限られた例外的な人々の努力によって広まっていくものである。その少数の人とは、メイブン(それに精通した人。俗に“通”と呼ばれる人)、コネクター(媒介人)、セールスマン(説得のプロ)などのキーパーソンであり、彼らが起点になり、多くの人々に情報を広げていく。
2) 粘りの要素
アイデアや情報を広げるためには、人々の記憶に残り、思考に影響を及ぼすようなメッセージを使うことである。粘りの要素を掘り下げた研究にチップ・ハース、ダン・ハース兄弟によるものがある。彼らは、ジョン・F・ケネディ大統領のスピーチや、都市伝説などを取り上げ、記憶に残る(=粘りつく)メッセージの特徴を、「単純明快である」(Simple)、「意外性がある」(Unexpected)、「具体的である」(Concrete)、「信頼性がある」(Credentialed)、「感情に訴える」(Emotional)、「物語性がある」(Story)の6つのポイントにまとめた。そして頭文字を取りSUCCESsと呼んでいる。
3) 背景の力
人々が自然に一定の行動をとりたくなるような、無言の圧力を与える状況を設定する
こと、あるいはそうした環境・状況を利用することである。
(本項担当執筆者: グロービス経営大学院主任研究員 新村正樹)
次回は、『新版グロービスMBAリーダーシップ』から「『脱線するリーダー』となるきっかけ」を紹介します。