「うまくなるのではなく、強くなること」
数年前のテレビ番組のインタビューでプロゴルファー片山晋呉氏が語った言葉。「プロとは?」という質問に対しての返答だったと記憶している。今でも筆者の心に響きつづけている言葉である。
妥協をすることなく、そして自分自身に真正面から向き合い絶え間ない努力を積み重ねてつかむ強さ。失敗やスランプに陥っても、挑戦を続け、逆境を乗り越える意思を磨き続ける。そうしてまた成長して強くなっていく。
強さと成長。強いから成長し、成長するから強くなる。
このサイクルはスポーツ選手の成長だけにとどまるものではなく、企業にも当てはまる。企業にとっての「強さ」については前回のコラムに書いた。そこで今回は企業の「成長」についてレアル・マドリーの成長戦略をとり上げながら考えていきたい。
売上世界一、ソーシャルメディアにも腐心するレアルの経営
【レアルの売上推移(レアル・マドリー 2010-2011アニュアルレポート)】
本コラムでも以前ご紹介しているが、レアルは世界一の売上規模を誇るフットボールクラブであり、1999年から2011年まで毎年平均14%もの成長を遂げている(デロイト・フットボール・マネー・リーグより)。
彼らがここまでの成長をしてきた背景には何があるのだろうか。もちろん強いチームを作り続け注目を浴びたこともある。この点に関しては以前本コラムでも解説をしたので、今回は以前のコラムでご紹介した点以外にレアルが取り組んでいることに注目してみたい。成長するために、レアルはどのような取り組みを行っているのだろうか。レアルの年次報告書「Real Madrid 2010-2011 annual report」よりその活動のいくつかを以下にまとめた。
【レアルの売上高内訳の推移(レアル・マドリー 2010-2011アニュアルレポート)】
・プレシーズンのワールドツアーを実施
・グッズのオンラインショッピングサイトを整備
・ネックレス、ブレスレット、キーチェーン、財布、ドレッシングガウンなど新グッズを投入
・ホームスタジアムのエスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウのスタジアムツアーを企画。2010/2011シーズンでは75万人以上が参加
・スタジアム内にレストランなど充実した施設・エンターテイメントを併設
・年間9,000万以上のビジットがあるオフィシャルウェブサイトRealmadrid.comをはじめ、TV、モバイル、ソーシャルネットワークなどを整備
・オンラインメンバーサービスオフィスなどコアファン(メンバー)用の窓口を設置
・マドリディスタのロイヤルティプログラムのベネフィットを拡充
世界各地で大学を設立、テーマパーク構想も
これらに加え、なんとレアルは2006年から教育事業にも参入している。The Real Madrid University Studies School - European University of Madrid を設立し、世界に広がる12のキャンパスでスポーツビジネス領域でのプロフェッショナルの育成を行っている。アニュアルレポートによると、2010年度には650人が入学、設立からすでに1100人もの卒業生を送り出しているという。さらに、2015年には、アラブ首長国連邦に「レアル・マドリー・リゾートアイランド」という名のテーマパークをオープンする構想もあり、まさに成長路線を突き進んでいる。
アンゾフのマトリックスとは何か
ここで、上記の取り組みを元に彼らの成長戦略を分析してみたい。
成長の方向性を考える上でよく使われるフレームワークの1つにアンゾフのマトリックスがある(下図参照)。
【アンゾフのマトリックス】
図中左上「市場浸透」とは、現在の市場で現在の製品の利用頻度を増やすなどしてシェアを拡大し成長することを指す。例えばポイントカードシステムを導入するなどの施策があてはまる。「新製品開発」は、現在の市場に新商品を投入し成長すること、「新市場開拓」は現在の商品を新市場に拡大し成長すること、そして「多角化」は新市場に新商品で攻めて成長することである。
上述したレアルの取り組みを改めてこのフレームワークに当てはめてみよう。
【市場浸透】 マドリディスタなどコアなファンとのコミュニケーション深化を行い、さらなるチケット購入などを促進
【新製品開発】 本来のチケット収入だけではなく、試合観戦に付随するスタジアムツアー、レストランなどのコンセッションからの収入を増大。さらにグッズ販売などを充実させ、マーチャンダイジング収入も増やす
【新市場開拓】 ワールドツアーを実施し海外ファンを増やし、また女性が好むようなグッズを販売することで、女性ファンを拡大
【多角化】 教育事業、テーマパーク事業など異事業への参入
彼らの成長戦略は、アンゾフのマトリックスのすべての成長のベクトル(方向性)を取り入れていることが分かるだろう。
成長確率の低い多角化はなぜ必要?
しかし、この4つの成長の方向性は同じ成功確率ではない。成功確率が最も高いのが市場浸透、そして新製品開発、新市場開拓と続き、多角化(新規事業)の成功確率が最も低いといわれている。
成功確率の最も低い多角化(新規事業)。しかし、この多角化(新規事業)に投資していくことこそ成長を描く上で欠かせないのである。なぜならば、既存のビジネスというのは永遠に成長するわけではなく、今のコアビジネスが衰退期を迎えたときに新たなコアビジネスとなるのがこの新規事業だからである。
既存のビジネス、現在のコアビジネスから利潤が得られるときにこそ、その資源を利用して次なるコアビジネスを育てるために新規事業を創っていくことが必要になる。全社視点で見たときには、既存のコアビジネスの資源を新規事業に配分しながら適切な資源配分を行うことが重要になるのだ。
サッカーとテーマパークにシナジー効果はあるか?
しかし、手当たり次第に事業を多角化するのではない。ここで非常に重要になるのは、自社の持つ事業と「シナジー効果」を効かせることのできる事業かを見極めるということである。
その点について、再度レアルの多角化事業をみてみよう。
彼らの教育事業は、どのようなシナジーを効かせているだろうか。
ご存知のようにサッカーなどのクラブ運営で培ってきたノウハウを多くの人に還元でき、またその教育現場で研究された理論をクラブ運営に活かすこともできる。つまり、ノウハウの共有というシナジーを効かせていることが見えてくる。
さらに「レアル・マドリー・リゾートアイランド」の建設に当たっては、世界でも屈指の規模になるレアルのファンにさらなるエンターテイメントを提供することになる。したがって、少なくとも顧客基盤というシナジーを効かせようとしていることは想像に難くないであろう。また、サッカーとテーマパークに共通するエンターテイメントマネジメントというマネジメントノウハウのシナジーも狙っているのかもしれない。
両事業とも手当たりしだいの拡大ではなく、シナジー効果を考慮した多角化であり、これらの多角化事業を通して、「レアルコミュニティ」の構築のスパイラルアップを狙っているのではないだろうか。
セブン&アイはなぜ金融業に参入した?
多角化について身近な事例としては、セブン&アイ・ホールディングスのセブン銀行がある。
小売業を行ってきたセブン&アイ・ホールディングスは、多角化事業として金融業に参入した。この場合は、どのようなシナジーを活かしているのであろうか。セブン銀行のATMをみるとそのヒントとなる。セブン銀行のATMは、最大規模の店舗数を誇るグループ内のコンビニ「セブン-イレブン」などに設置されており、店舗という資産を共有してシナジーを効かせているのである。このようにシナジーをどう効かせていくのか、ということが非常に重要になる。
今回は、成長戦略、その中の多角化、多角化するときの留意点について考えてきた。これらが、読者の企業の真の成長ストーリーを描く際の参考となれば嬉しい。
<今回のポイント>
◆成長のストーリーを描くときには、全社視点で事業の成長バランスを見ることが重要
◆成長の方向性には、市場浸透、新製品開発、新市場開拓、多角化(新規事業)などがある
◆既存のコア事業の成長には限界があるので、コア事業から利潤が出ている間に新規事業への投資を検討することも重要
◆新規事業の検討をする際には、どのようなシナジー効果を効かせるのかの検討が必要
※2012/9/19にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。