本書は、グロービス経営大学院の教員でもある同僚の武井涼子氏が執筆した21世紀向けマーケティング入門書である。電通、オルグヴィ&メイザー、FIFA、ベンチャー企業、マッキンゼー、ディズニー・ジャパン、そしてグロービスとキャリアを積んだ武井氏が満を持して世に出した、巷に溢れるマーケティング入門書とは一味違う本書の魅力を紹介しよう。
本書の特色としては、タイトル通り、実践的であることが挙げられよう。通常、マーケティングの入門書というと、マーケティングの大家であるフィリップ・コトラー教授の理論の前半部分、いわゆるSTP-4Pの解説に半分以上、場合によっては7割以上のページ数を割くことが多い。悪く言えばコトラー理論のベース部分の解説書である。しかし、本書でそれを扱っているのは、4章あるうちの最初の1章だけである。
では2章以降は何を書いているかといえば、マーケターとして実務的に知っていなければいけないはずなのに、意外に疎かになっているマーケティング・リサーチ(2章)と、2015年現在、マーケティングシーンにおいて一段と大きな地位を占めるようになってきたブランド・マネジメント(3章)、そして近年長足の進化を遂げているCRMとデジタル・マーケティング(4章)である。具体的な構成は以下の通りだ。
1章: マーケティング・プランを立てる
2章: マーケティング・リサーチの基本と実務
3章: ブランド・マネジメントの基本と実務
4章: 新しい時代のCRMとデジタル・マーケティング
つまり、真に初学者向けの入門部分は最初の1章だけで、残りは、語り口こそ平易ながらも、企業のマーケターがすぐに実務で活用できる実践的な内容になっているのだ。こう書くと初学者の方は身構えられるかもしれないが、それには及ばない。もともとが講義形式のものを書き起こしたということもあり、事例や例え話などが多用されている結果、初学者であっても(読みごたえはあるものの)考えながら読むことでしっかり頭に入ってくるようになっているからだ。
紹介されている理論が新しく、かつ厳選されているのも嬉しい。たとえばブランドであれば、自身のさまざまな企業における経験に加え、経験価値マーケティングで知られるコロンビア大学のシュミット教授や、いまやブランド研究のトップランナーとなったケビン・ケラー教授の論のエッセンスをしっかり紹介している。進化の激しいマーケティングという分野で、近年の動向が分かるのは初学者にとってもベテランにとってもありがたいことと言えよう。
個人的に最も気に入ったのも、3章のこのブランド・マネジメントの章だ。私もマーケティングの書籍に携わったことがあるのでよくわかるのだが、マーケティングの書籍においてブランドをどの程度の比重で扱うのかというのは、非常に頭を痛める問題である。本書では昨今のブランドの重要化に鑑み、4章のうちの1章(ページ数で3割程度)をまるまるブランド・マネジメントに充てている。これは入門書としてはあまりないパターンであり、そこに武井氏のブランドに対する強い思いを感じ取ることができる。この章はベテランのマーケティング担当者もぜひ一読されることをお勧めする。また、「ブランド戦略の位置づけ」や「ブランド・コア」のパートなどは経営者にもぜひ目を通してほしい個所だ。
読者に優しい本書のその他の特徴としては以下がある。
・講義形式の語り口
・極めて平易な冒頭からスタートし、徐々にレベルをアップ
・講義の演習に身近な架空のカップ麺を使用
・図表をふんだんに活用し、視覚的な理解を促進
・読みやすい2色刷り
・本文の重要部分をハイライイト
・章の終りに1ページのまとめがあり、そこを読めば章の内容を思い出すことができる
一言でいえば、視覚的な読みやすさに極力こだわる一方で、内容はしっかり芯が通った、文字通り実践に耐えうる、骨太のマーケティング入門書になっているのだ。実践という言葉がこれほどはまる入門書はかなり稀と言えるだろう。
いうまでもなく、企業にキャッシュをもたらすのは顧客であり、マーケティングという、顧客に買ってもらえる仕組みが弱いままでは、企業の存続はあり得ない。グローバル化やIT化が進み、競争環境が激変する昨今だからこそ、マーケティングの重要性はますます高まっている。マーケティング初学者はもちろん、それ以外の方にも読んでいただきたい1冊である。
『ここからはじめる実践マーケティング入門』
グロービス著、武井涼子執筆
1,500円(税込1,620円)