「将来どのような職業に就くにしても、広い視野で自分の目で状況を見て、自分の頭でモノを考えて、良し悪しを判断し、行動できる人になってほしい」
著名な経済学者である、私の学生時代の恩師は新入生向けの授業の冒頭でそう言った。それ以来、この言葉は私の信条であり、現在では、クリティカル・シンキングや経営戦略の講師として最もお伝えしたいメッセージである。本書では数々の事例を基に、良い戦略・悪い戦略の構造、ストラテジストが持つべき思考法が解説されている。良い戦略を立てる際の考え方、戦略の良し悪しを判断する目を養うことができ、読後、ますます学び続けたくなる良書だ。
著者は戦略論と経営理論の世界的権威であるリチャード・P・ルメルト氏。戦略論の中でも経営資源に基づく戦略(RBV:リソース・ベースト・ビュー)の提唱者の一人であり、エコノミスト誌「マネジメント・コンセプトと企業プラクティスに対して最も影響力ある25人」の1人に選ばれている。
戦略とは何か、という議論には唯一絶対の解はなく、論者や書籍によって様々な定義が存在するが、本書では、「良い戦略は、十分な根拠に立脚したしっかりした基本構造を持っており、一貫した行動に直結する」とし、この基本構造を「カーネル(核)」と呼んでいる。カーネルは次の3つの要素から構成される。
診断: 状況を診断し、取り組むべき課題を見極める。良い診断は死活的に重要な問題点を選り分け、複雑に絡み合った状況を明快に解きほぐす。
基本方針: 診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
行動: ここで行動と呼ぶのは、基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動のことである。すべての行動をコーディネートして方針を実行する。
世の中にある様々な「戦略」の定義の中でも、壮大なビジョンやミッション、目標の定義を中心に据えていない点、行動・実行に直結すべきだということがことさら強調されている点などが特徴だ。
学者としての長きにわたる研究や数々の企業コンサルティング経験、そしてアップル、IKEA、ウォルマートといった世界的企業や学校などの非営利団体、第一次・第二次世界大戦、湾岸戦争等々、幅広い事例をとりあげながら、上記定義を踏まえて良い戦略・悪い戦略の構造が論じられている。各事例分析の是非については異論もあるかもしれないが、思い込みにとらわれずに事実を冷静に分析し、戦略を考える視点やアプローチを学ぶことにこそ本書を読み解く意味がある。
様々な解説の最後、最終章では2008年の世界金融危機が引き起こされたメカニズムについて解説した後、こう締めくくられている。
“群れの圧力は、「みんなが大丈夫だと言っているのだから絶対大丈夫なのだ」と考えることを強要する。内部者の視点は、自分たち(自分の会社、自分の国、自分の時代)は特別なのだから、他の時代や他の国の教訓は当てはまらないと考えることを強要する。こうした圧力は、断固はねのけなければいけない。現実を直視し、群れの大合唱を否定するデータに目を向ければ、また歴史や他国の教訓から学べばそれは十分に可能である。”
400ページ近い厚みのある本ではあるが、「野心的な目標を戦略と取り違えるな」「第一感を疑え」など、一般的に良しとされている事象や考え方であっても論理的に否であれば容赦なく論破している。小気味よい文章が続き、飽きることがない。いわゆる学術書とは異なり大変読みやすい。広くビジネスパーソンにお薦めできる本だ。
『良い戦略、悪い戦略』
リチャード・P・ルメルト著、村井章子訳、日本経済新聞出版社
2,000円(税込2,160円)