初稿執筆日:2013年9月6日
第二稿執筆日:2015年9月17日
2013年の国民医療費は、41.8兆円で、内訳は保険料が約20兆円、患者の自己負担が約5兆円、公費が約16兆円となっている。現在でも国民医療費は巨額だが、今後高齢化社会の進展に伴って、厚労省の推計ではこれが2025年には54兆円にまで増加する。日本には、世界に誇るべき国民皆保険、国民皆年金、介護保険といった社会保障制度がある。これは確かだ。すべての国民が保険証1枚で低価格の医療サービスを受けることができ、世界でも最長の長寿社会を公的年金と介護保険が支え、生活保護のセーフティーネットも備えられている。
しかし、今の医療、年金といった社会保障制度は、1960年代から1970年代の高度成長期に完成されたものだ。高い経済成長と正規男性雇用中心の低失業社会、三角形の人口ピラミッド。そういった時代にでき上がった制度だ。しかし、今や日本社会は変化し、低成長、少子高齢化、人口減少社会、非正規雇用の増加、莫大な財政赤字といった社会変化のもとで、社会保障費は経済成長を上回るスピードで増大している。
そういった社会構造の変化の中でも1970年代の国民皆福祉の発想を変えないまま、高齢化社会に対応するため2000年には介護保険制度をスタートさせ、2012年には消費増税を決めた。いまだに国民皆福祉の水準を維持しようとしているのが今の政策だ。
しかし、低成長、人口減少社会において、これまでのレベルの福祉を維持していくことは、「未来の世代からの搾取」をしていることにほかならない。私たちはそろそろ現実を直視して、現状にあった福祉に切り替える改革をする必要があろう。これまでの政府による社会保障改革は、現状の福祉水準の維持を前提とした小粒な抑制策のみで、基本的な発想の転換に基づく改革はない。
必要なのは、現実的で持続可能な社会保障制度に変えることである。その原則は以下の2つだ。
(1)医療保険、介護保険、年金という保険制度は保険の範囲内で持続できる制度を目指す。
(2)セーフティーネットである生活保護制度は税金で支えるが、給付の範囲や期間は最低限に絞る。
この原則に従って各制度の改革を進める必要がある。まずは医療保険制度から論じていこう。
1. 自己負担を一律3割に!
国民医療費が40兆円を超え、2025年には54兆円まで増加する予想であることは既に述べた。
現状では、42兆円の医療費のうち16兆円という多額の公費が投入されているが、理想的にはこれを保険料だけで賄う医療保険制度を目指すべきだ。そのためには、利用者が医療を過度に使わない制度に改革するしかない。
簡単なことだ。まず、利用者負担を年齢に関わらず一律3割にすればよい。国民医療費を年齢別にみると、65歳以上の高齢者の割合が55%と半分以上になっており、額にしておよそ23兆円だ。しかも、70歳以上の自己負担比率は10%しかないので、公費投入の7、8割は高齢者医療によるものと試算できる。
もちろん、加齢は病気になるリスクの最大の要因であるから、しかたない部分もあるが、この急激なこう配をゆるやかにすることは可能だ。それには、高齢者の自己負担をまずは2割、そしてゆくゆくは現役世代と同じ3割に設定することで、シンプルに医療への過度な依存を抑制するディスインセンティブを制度に組み入れることができる。
今の高齢者医療では、現役時に十分な健康へのケアをしてこなかった高齢者が、リタイア後に、糖尿病や高血圧、骨粗鬆症などの生活習慣病の治療によって国民医療費を押し上げている構造がある。つまり、自らの健康をケアしてこなかった高齢者のために、膨大な公費が投入されている。
これに関しては、4.で後述するが、予防・健康への投資を進め、患者の数自体を減らすことが必要だろう。それに加えて、終末医療に関しても、病院に延々と入院させられて終末を迎えるのではなく、在宅での終末医療への転換を進めるべきだ。
しかし、現状の医療は、高齢者の自己負担が低く設定されていることによって、有限の医療リソースが高齢者医療に集中し、結果として医療費の増大につながる構造になっている。これを変えるには、自己負担を年齢に限らず一律3割にすることが最も分かりやすい。そもそもなぜ高齢者だけ負担を減らす必要があったのか?高齢者が少なかった時代ならばいざ知らず、今や少子高齢社会だ。むしろ子供に手厚くすべきであろう。
現状では、医療にかかった場合の患者の自己負担は、70歳以下が3割、70歳から74歳が法律上2割のところ毎年度約2000億円の予算措置を行って、1割負担に凍結、75歳以上が1割となっている。まず、最初のステップとして、70~74歳の自己負担を早急に法律上の2割に戻し、その次の段階として自己負担比率一律3割を導入すべきだ。
2. 後発医薬品(ジェネリック医薬品)の使用の義務化を!
41.8兆円の医療費のうち、医薬品には約9兆円が使われている。このうち、後発医薬品(ジェネリック医薬品)が使われるのは、日本では全体の約40%に過ぎない。諸外国での後発医薬品のシェアは、アメリカで約90%、イギリスで約70%、ドイツで約80%だ。
「100の行動」財務編でも示したが、仮に後発品がある医薬品をすべて後発医薬品に置き換えた場合、医療費総額で1兆5300億円の削減となる。例えばフランスでは、一部の医薬品の償還額は後発医薬品を基に設定され、それを上回る部分につては患者負担となっている。
これは日本でも当然に取り入れるべきだ。後発品のある医薬品の診療報酬上の薬価については、後発医薬品を基に設定し、患者が先発品を望む場合は上回る部分については自己負担とすることで、後発医薬品の使用義務化を早急に導入すべきだ。
2014年8月に自民党行政改革推進本部の「無駄撲滅プロジェクトチーム(PT)」(座長=河野太郎副幹事長)はジェネリック医薬品を原則として処方箋で調剤することで、利用促進を提言している。ぜひ導入し、さらに進んで義務化を実現してもらいたい。
3. 医療サービスの利用実績に応じた保険料制度の導入を!
車を運転する場合は、通常自動車保険に入るが、自動車保険の保険料は、事故を起こさなければ、次の年には等級が上がって保険料が下がり、逆に事故を起こしてしまうと、支払う保険料は上がってしまう。私たちは、保険料を低く抑えようと、なるべく事故を起こさないよう、安全運転を心がける。もちろん、事故を起こさないように安全運転するのは、保険料のセーブだけがインセンティブではないだろうが、保険において、金銭的なインセンティブとペナルティーは、人間の行動を左右する上で重要だ。
医療保険制度においても、私たち国民がなるべく医療サービスを使用せずに健康でいようとさせるインセンティブが必要だ。
国民健康保険の保険料に関しても、民間の保険と同様に、医療費を多く使った場合には、次の年の保険料が上がり、逆に使わなかった場合には保険料が下がる、といったインセンティブを導入してはどうだろうか。
4. トラブルシューティング型医療から予防・健康投資型医療への転換を!
今の日本では、病気になるのを待たないと医療が始まらない。例えば、糖尿病の予備軍だと言われて病院に駆け込んでも、「がんばって糖尿病にならないようにしてください」と生活習慣改善の冊子を渡されるか、「まだ診断基準に満たないのでこのまま様子を見ましょう」と言われてしまうのだ。
なぜこのようなことになるのかと言えば、日本の医療保険では、トラブルシューティング、すなわち、病気や怪我の診断と治療のみを基本的な給付対象としているため、病気の予備群への医療行為が保険の対象外となってしまうからだ。
しかし、医療技術は進化し、今や、医療は病気や怪我を治すだけではなく、病気を未然に予防し、健康をサーポートするツールへと進化している。その進化した技術を活かし、病気の予防、健康に投資する医療へと転換すれば、国民医療費の増大を食い止めることが可能だ。
したがって、医療機関に、予防と健康投資に対するインセンティブを与えることが必要だ。現状の日本の医療保険では、医療機関にとって、健康な人を増やすことへのインセンティブが働かない制度となっている。つまり、医療サービスの対価は、診療報酬による出来高制で計算されるため、医療機関は患者に対する治療が多ければ多いほど、収入が増えることになる。すなわち、医療機関にとって、健康な人を増やし、患者を減らす努力をしても、何も報われない仕組みとなっているのだ。
この仕組みを変え、医療機関が予防・健康投資への行為によって診療報酬上の対価を得られる仕組みに変えることで、患者を減らし、健康な人を増やすことへのインセンティブを制度に取り入れるのだ。具体的には、適切な予防医療にも診療報酬上の対価を与えるとか、健康意識を高めるセミナーや啓蒙活動にもポイントを与えるなどが考えられる。
そのことによって、従来のトラブルシューティング型の治療にかかる費用を減らすことが可能になるのだ。
※「トラブルシューティング型医療から予防・健康投資型医療への転換を」では、『僕らが元気で長く活きるのに本当はそんなにお金はかからない 投資型医療が日本を救う』(武内和久/山本雄士著)から大いに知見をいただいた。
莫大な財政赤字を抱え、少子高齢化、人口減少社会が続く現状の日本において、これまでのような「すべての国民が、お金の心配をせずに、求める医療サービスを十分に受けることができる」という考え方に基づく医療制度を続けることは不可能だ。
持続可能な医療保険制度にするには、「過度に医療サービスを受けさせないディスインセンティブ」(自己負担を一律3割)、医療コストの削減(後発医薬品使用の義務化)と「利用者と医療機関に予防と健康を維持するインセンティブ」を制度に組み入れるしかない。
これまでの発想を転換した改革が必要だ。上記が実現できれば、日本の医療保険制度は、急激な少子高齢社会を乗り越えて、発展継続できるようになるであろう。