初稿執筆日:2013年8月30日
第二稿執筆日:2015年8月11日
2013年7月、東京証券取引所と大阪証券取引所の現物株式市場が統合した。これにより、東証の上場企業数はこれまでの約1.5倍の3423社に膨らみ、世界3位に浮上した。今回の統合は現物株式市場のみだったが、来年3月にはデリバティブ(金融派生商品)市場を大証に集約する。しかし、これは、国際競争力強化に向けた第一歩に過ぎない。
東京をアジアNo.1の金融市場にするためには、先の行動:「金融1 東京をアジアNo.1の金融市場に!(1)」に述べてきた国内の金融資産をリスクキャピタルに回すことに加えて、外資系の金融機関を積極的に、日本に誘致する必要がある。海外の投資家やアナリストが東京に集積し、日本への投資を増やす構造を作らなければならない。
激しさを増す金融市場の国際競争を勝ち抜くためには、思い切った政策が必要だ。東京をアジアNo.1の金融市場にするために何が必要か。制度や仕組みの面から提言を進めたい。
1. 東京を国際金融特区に指定し所得税を下げて、金融スペシャリストを呼び込め!
今、金融市場の国際競争は激しさを増しており、東京がシンガポールや香港に勝つには、外資系金融機関の積極的な誘致が必要だ。海外の投資家やアナリストが、シンガポールや香港でなく東京に来る時に大きな弊害となるのが、所得税の高さだ。
都市環境やビジネス環境、さらにはライフスタイル(食事、安全性、人間の倫理観の高さ、清潔さ等)において東京は世界でも高いランクだが、税金の高さがネックになっている。シンガポールでは18%に過ぎない所得税が東京に住むと55%取られるというのは確かに大きな違いだ。
そこで、東京をアジアNo.1の金融市場にするという政策目的を達成するため、東京を国際金融特区として認定し、金融業で東京に在住する外国人の所得税を一定期間「半分」にすることを含め、外資誘致のための優遇策を総動員するべきではないか。
英国では、シティの競争力を高めるために、海外駐在員の所得税を自国民よりも引き下げている事例がある。徴税の運用面での難しさや公平性という観点で異論が多いだろうが、他国の良い事例から学ぶことが必要となろう。
2. SWF(Sovereign Wealth Fund)の創設を!【一歩前進】
金融産業を育成し、金融の厚みを増す観点で取り組むべき最も大きな課題の1つは、SWF(Sovereign Wealth Fund)の創設であろう。
日本政府は通過介入による資金を外国為替資金特別会計(外為特会)に約100兆円、外貨準備として保有しているが、その運用はほとんどが米国債への新規・再投資に限られている。
また、約120兆円におよぶ日本の年金を運用する世界最大の年金運用機関「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)も、保守的な運用に限定され、投資決定が不明朗であるのが現状だ。
一方で、アジア各国を見ると、中国は2兆ドルを越えた外貨準備の一部運用を、政府系ファンドである中国投資有限公司(CIC:2007年9月設立、推定運用総投資額は2000億ドルで世界第5位)を通じて、米国債券のみならず、一部優良企業への投資も行っている。CICの運用担当者は海外から優秀なファンドマネージャーをヘッドハントしてきているのだ。韓国も韓国投資公社(KIC:2005年7月設立、総資産200億ドル)で外貨準備を同様に運用している。
100兆円の外為特会と120兆円のGPIFの一部だけでも、日本版SWFとしてリスクキャピタルに回せば、そのインパクトは絶大だ。中国や韓国など他国の事例をベンチマークして、運用担当者の選定、運用方針の決定などを戦略的に定めるべきだ。
運用担当者は国内に限らず専門的で優秀な投資家に門戸を拡げ、ポートフォリオにも海外ファンドを積極的に組み入れる。日本版SWFによって大きなリスクキャピタルが国内、海外で運用されることで、海外のヘッジファンド等による日本への投資の呼び水になり、今はほとんどない国内の独立系ヘッジファンドの育成にもつながることが期待できる。
もちろん、一朝一夕にはいかないが、日本における金融業の厚みを増すための戦略的な方法論として、日本版SWFの創設は是非とも実現したい政策だ。
その観点では、前稿でも触れたが、GPIFのポートフォリオが改革され、2015年4月より、ファンドマネージャーとしてロンドン所在の私募ファンド「コラーキャピタル」の水野弘道パートナーが任命されたのは大いなる前進だ。今後の活躍に大いに期待したい。
3. 規制強化と投資運用の自由度の二兎を追え!
リーマンショック以降の金融危機を契機に、銀行に対する規制は国際的には強化の方向に再構築されている。米国では、金融規制改革法によって、銀行業務とリスクの高い投資銀行業務・証券業務の分離や、商業銀行による自己勘定取引の禁止/ヘッジファンド等への出資禁止などを規制する「ボルカー・ルール」を含めた金融規制の強化作業が進められている。国際的な規制強化の流れについては日本も自己資本比率規制の強化など、対応の必要があろう。
一方で、グローバルな規制の再構築と整合性を取りながら、金融機関による資産運用には可能な限り自由度を持たせることが必要ではないか。
その観点では、銀行から一般事業会社への5%以上の出資を原則禁じる「5%ルール」規制(投資ファンドに関してはこの例外を認めているが、期間が10年に限定)を緩和し、一般事業会社への出資上限を引き上げることを検討してはどうか。それによって、ベンチャー企業や地方企業、再生企業への金融機関からの投資を活性化し、経営再建中の会社への出資等も可能とするのだ。
銀行による企業支配の行き過ぎを防ぐため、出資比率の制限は15%等に制限する。また、銀行経営の健全性については、自己資本比率規制の強化等で対応すればよい。銀行の投資運用の自由度を上げるとともに、ファンドなどへのリスクマネーの供給源を拡げることで、国債ばかりに資金が回る現況を打破し、東京の金融市場としての厚みが増す一助となることが期待できるのではないか。
4. 取引所のさらなる統合を!
世界では、取引所の大規模な再編が進んでいる。2007年に世界最大のニューヨーク証券取引所と欧州のユーロネクストが合併し、さらにそのユーロネクストは、米国のインターコンチネンタル取引所(ICE)に買収されることが決まっている。アジアでも取引所の再編は進んでおり、韓国では、総合取引所である韓国取引所(韓国証券取引所、韓国先物取引所、コスダックを統合)が既に誕生している。
ニューヨーク証券取引所を傘下に持つユーロネクストを買収したICEは原油等のエネルギー先物を取引する取引所である。その事例からも読み取れる通り、東京をアジアNo.1の金融市場にするためには、現物株だけでなく金融、証券、商品を含めた総合取引所の創設が必要である。
日本でも証券、金融、商品を総合的に扱う取引所を創設するための金融商品取引法の改正が2012年9月に行われている。今後、日本取引所グループや東京金融取引所、東京商品取引所等のさらなる合併も視野に入れる必要があろう。
内外の投資家・利用者から選ばれる総合取引所として、規模の経済性を活用し、必要なシステム投資を行い、利便性を高めて、世界の市場と連携を深めながら、国際競争力を高めていくことが重要だ。
政府の成長戦略(2015年6月)では、「海外の金融センターにおいて、取引所間の厳しい国際的競争の下で合従連衡が進み、金融・証券デリバティブ市場と商品デリバティブ市場の統合が進んでいる状況等も踏まえ、引き続き、総合取引所を可及的速やかに実現する」とされている。引き続きの努力を求めたい。
5. アジア各国の金融インフラ整備の支援を!【一歩前進】
昨年、日本が円借款等のODAを再開したミャンマーでは、長く続いた軍事政権から民主国家へ移行したばかりのため、金融インフラの整備もこれからというのが現状だ。このミャンマーに対しては、昨年以降、日本から政府や日本貿易振興機構(JETRO)が中心となって、金融の法制面、決済ルール策定、中央銀行業務、銀行システム整備等の多岐にわたる金融インフラ整備への支援が行われている。加えて、これまでも日本からはベトナムなどへの金融・資本市場育成支援が行われている。
昨今、日本の企業がアジア各国で活動する際に、金融インフラ面での障壁が大きいことが指摘されている。ミャンマーのようなこれから近代的な金融制度を構築していく国だけでなく、アジアを中心とした他の国においても、日本企業が各国で活動する際、資金調達や決済サービス、情報開示等の面での金融規制の改革ニーズが大きい。
それらの障壁を除去し、アジア地域への日本企業の進出を後押しし、アジアの成長を取り込むため、政府は金融インフラ面での技術支援をアジア各国に対して積極的に行っていくべきであろう。
このことは、日本の金融制度と親和性の高い市場をアジア各国に形成していくことで、結果的に日本自体の金融市場の活性化に大きく貢献することが考えられる。成長するアジア各国と日本がWin-Winの関係で成長の果実を享受できるよう、政府による積極的な行動が望まれる。
この分野に関して、政府は、2014年6月にアジア金融連携センターを創設し、金融当局者との人材交流や金融インフラ整備支援の推進等によるアジア各国との連携を進め、地域全体としての金融機能・市場機能の向上を目指している。さらに、このアジア金融連携センターをグローバル金融連携センター (仮称)に改組し、これまでアジア諸国のみに焦点をあてていた支援活動を、中東・アフリカおよびラテン・アメリカも対象区域に加え、技術支援体制の拡充を図ることも検討されている。こうした努力を評価したい。
6. 上場廃止基準の強化を!
今、上場しているものの、ほとんど株式の取引がなされていない銘柄が実は多い。その結果、売りたくても売れない状況が生まれ、投資した資金が回収できずに滞り、再投資に回すことができなくなる。つまり、資金の円滑な循環が失われ、塩漬けになってしまうのだ。
市場の信頼性を向上させ、投資を促進する観点からも、上場企業の上場廃止基準を厳格化すべきであろう。現在の東証の上場廃止基準は、「上場時価総額が 10 億円(マザーズ上場会社の場合は、5億円)未満」または「株価2円未満」といったものであり、あまりにも低すぎると言えるだろう。この基準は、東証と大証が統合された後でも変わっていない。
上場廃止基準を思い切って例えば「倍に」引き上げることによる効果は大きい。廃止基準が上がると、業績が悪化し株価が下がっている企業は、上場廃止に追い込まれることになる。上場廃止されると資金調達の選択肢も下がるし、企業ブランドの信用失墜になる。従い、上場廃止を免れるために統合合併や資本提携を進める等の不断の企業努力を行うことになる。そのことにより、資金の円滑な循環が生まれることになるのだ。
取引所の統合が進行している今、上場廃止基準を思い切って引き上げて、企業統合等の経営努力を促し、再投資に向かう資金の円滑な循環を生み出す必要があろう。
7. 企業価値の向上、そしてコーポレートガバナンスの強化を!
個人金融資産、企業の現預金、年金、大学等の機関投資家を含めて、これまで保守的な運用しかしてこなかった資金をリスクキャピタルに回すには、企業価値を高めるための経営努力が必要であるとともに、企業活動が金融市場から信頼されることが不可欠である。カネボウやオリンパスのような事例があると、個別企業ばかりでなく市場全体の信頼性を著しく損ねてしまうのだ。
東京をアジアNo.1の金融市場にするために、経営努力を重ね、企業の信頼性の向上に務め、市場全体の信頼性を上げる必要があろう。そのためにも、各企業が社外取締役の活用等を進めて、ガバナンス機能を強化するよう積極的に促すべきであろう。
以上、東京をアジアNo.1の金融市場にするための「行動」について提言して来たが、金融市場の競争力を強化するには、当然ながら日本経済の総合的な競争力の向上が必要だ
ロンドンのシンクタンクZ/Yenは、世界79都市・地域の金融センターの国際競争力を指標化した「Global Financial Centres Index」を公表している。本年3月に公表された最新版によると、1位ロンドン、2位ニューヨークに続き、東京市場は総合6位となっている。東京より上位には、同じアジアから、3位の香港、4位のシンガポールが入っている。
この指標では、金融市場の競争力を、人的要素(教育・生活・治安・医療水準等)、ビジネス環境(経済成長・賃金・税制・規制等)、市場規模、インフラ(オフィス賃料・情報通信・交通等)等の各指標から計算する形を取っている。要は、金融市場の競争力はその地域の総合的な競争力から判断されるということだ。
金融市場の国際競争力強化のため、政府には、岩盤規制の規制緩和など成長戦略の着実な推進に加えて、税的なインセンティブの活用、教育などの将来投資や社会保障制度改革などの施策を総合的に進めていく必要があろう。