「おもてなしで飯が食えるか?」連載中のグロービス経営大学院教員 山口英彦が厳選するこの1冊。
『シリアル・イノベーター 「非シリコンバレー型」イノベーションの流儀』
アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック 著
日頃、ベンチャー企業とも伝統的な大企業とも仕事をしている筆者にとって、2014年は双方の勢いのギャップを痛切に感じた一年であった。もちろん、閉塞感が漂っているのは伝統的な大企業の方である。そんな「大組織の中ではイノベーションなんて起こせない」と諦めかけている人こそ、本書を読んで自信を取り戻して欲しい。
タイトルに「非シリコンバレー型イノベーションの流儀」とある通り、本書は成熟した大企業内でのイノベーションを扱っている。類書の多くが、新事業開発を成功に導くためのプロセスや仕組みに焦点を当てるのに対し、本書は大胆にも「革新的なイノベーションでは標準的なプロセスは機能しない」と言い放つ。そして成功の拠り所を、大企業の中にも一定確率で存在する個人、特に幾度もイノベーションを起こせるシリアル・イノベーターの発掘と活用に求めている点が特徴的である。
イノベーションの初期にはFFE(Fuzzy Front-end)と呼ばれる混迷期があり、解決すべき顧客の課題も、あるいはその解決に役立つ技術が何なのかもはっきりしない。仮にこの段階を越えても、イノベーションが完結するまでには、社内のリスク回避志向や短期的成果を求めるプレッシャーといった多くの壁が立ちはだかる。通常はこうした壁を乗り越えるために、R&D担当者やマーケター、上級幹部などが互いのスキルや役割を補完し合おうとするものの、残念ながら多くの経営者は「イノベーションを分業すると突破力が落ちてしまう」と感じているのではないだろうか。従って、市場のニーズ把握や技術の目利き、社内政治のコントロールやプロジェクト管理まで、全てを一元的に担えるシリアル・イノベーターの価値には、誰もが同意するところであろう。
「シリアル・イノベーターは、組織やその製品群、および多くのマネジャーが根底に持つ思い込みに挑んでくる」と著者は言う。皆さんの企業にはそんな厄介な人材を抱え続け、活躍の場を与えるだけの器があるだろうか。本書が唱えるシリアル・イノベーターの特性や能力要件には、さほど新鮮味はないかもしれない。だが彼らをいかにして発掘し、自社内でマネジメントするかの提言は、成熟期を迎えた全ての大手企業の経営者にとって耳を傾ける価値がある。
『シリアル・イノベーター 「非シリコンバレー型」イノベーションの流儀』、アビー・グリフィン、レイモンド・L・プライス、ブルース・A・ボジャック 著、プレジデント社 (2014/3/29発売)