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堀義人のダボス会議2024(6)総括 3つの戦争・AI・グローバル経済の議論から展望する未来

投稿日:2024/01/22更新日:2024/05/10

16回目の参加となるダボス会議。今年のダボスの空気感をひとことで表すなら、Cautious Optimism(用心深い楽観)と言う感じだろうか。

昨年のダボス会議は、ウクライナ戦争、ChatGPTの登場、急激なインフレと政治・テクノロジー・経済によって不確実性が高まっていたので、欧米勢を中心として悲観的な空気感が支配していた。
一方、今年のダボス会議は、ガザへのイスラエルの侵攻、トランプの再台頭、中国経済の低迷という不安要因が増えたにも関わらず、インフレを克服しつつある強靭な経済の見通しもあり、悲観論一色ではなかった。つまり、Cautious Optimismの空気感であった。

僕が今年のダボス会議で注目していた点は、地政学、AI、そして中国を含む世界経済の状況だ。僕なりに感じた点をまとめてみたい。

1)地政学:「3つの戦争」

イアン・ブレマー氏が唱える今年の10大リスクには、3つの戦争が上げられていた。米国対米国の戦争、ウクライナ戦争、そしてイスラエルの戦争だ。

①米国対米国:

「今年一番気になることは何か?」との質問に、セコイアキャピタルのロエロフ・ボタ氏は、「米国大統領選挙」と答えていた。このダボス会議期間中にアイオワの共和党予備選をトランプが圧勝したというニュースが飛び込んできたし、「3年前のダボス会議期間中の第3木曜日にトランプの就任式が開催された。来年の第3木曜日に同じ状況になる可能性が高い」ともNYタイムズのディナーで耳にした。

トランプ大統領が再び誕生する確率は50:50だというが、既にこの可能性を政治は織り込み始めている。ウクライナへの資金投下が困難になりつつあるし、イスラエルにおける米国政策にも強い影響を与え始めている。ダボス会議でも「トランプが再び大統領になったらどうなるのか?」という質問が、数多くなされていた。

「米国は中国のことを保護主義だ一国主義だと批判するが、米国の方が身勝手な振る舞いをしているのではないか。TPPは途中離脱し、パリ協定も加盟しながら離脱、UNCLOS(国連海洋法条約)、ICC(国際刑事裁判所)にも加盟していない。米国には国際システムの中で影響力を発揮して欲しい」と河野大臣が指摘していた。トランプ氏の大統領就任が実現すると、さらに身勝手な振る舞いをすることになるのであろう。

自由貿易か保護主義か、国際協調か自国優先主義か、地球環境重視か経済重視か、ESGやDEIなどのリベラルか保守か等、全く違う政策を持つ2つの米国が民主党と共和党とで分断されている。さらに双方の党内でも極左と極右を抱えて分断されている。唯一の超大国の米国が世界最大のリスクになっているのだ。

②ウクライナ対ロシア戦争:

ゼレンスキー大統領がリアルで初めてダボス会議に参加した
昨年のダボス会議には中継で登壇し、力強い論調でウクライナの士気の高さやロシアへの反攻を語っていた。それに対して、今年のダボス会議では悲壮感が漂い、弱いリーダーの印象を与えていた。

戦争はこう着状態、米欧からの追加資金援助が遅れており、一枚岩だったウクライナ国内世論も疲弊感も手伝い批判的・懐疑的になりつつある。

現状のままロシア占領地区を認めて停戦するという案がまことしやかに語られている。トランプが当選したら、「戦争を1日で終わらせる」という。トランプを含む共和党は、ウクライナへの追加資金援助には否定的だ。民主党も大統領選の争点にさせたくないから、米国からウクライナへ巨額の追加支援を行うことは、難しいだろう。

一方のEUは、中軸のドイツが先進国で最下位の経済状態だ。ゼレンスキー大統領のセッションの最後にはスタンディングオベーションが起こったが、感動からではなく同情的な応援の要素が高く、立ち上がり方も自発的に一斉にというよりも、同調圧力的に押されて、バラバラに重い腰を上げている感じだった。ウクライナへの支援疲れが出てきている。

③イスラエル対ハマス戦争:

「イスラエルはナラティブ的に失敗した」との評価だ。昨年10月7日のハマスのテロ行為は断罪されるものの、イスラエルのガザ侵攻を支持する声はほとんど聞かれなかった。

さらにイスラエルのガザ地区における虐殺行為は、憎悪を増幅させて、未来の平和的な共存にマイナスになるから、首相であるネタニヤフ氏の強硬策には批判的な声が多い。
そこにイランの影である。ハマス以外に、フーシ、ヒズボラと支援している。そのフーシに米英は攻撃を仕掛けた。中東の争いは、イランと米国の出方次第だが、長期化しそうである。

ダボスでよく議論されていたのが、「2国共存」のシナリオだ。侵攻後にガザ地域やヨルダン川西岸を中心としたパレスチナ国を国際社会が支援して設立する解決策だ。だが、イスラエルは抵抗している。

ジャーナリストのトーマス・フリードマン氏が面白いことを言っていた。
「ウクライナは西に入りたく、イスラエルは東(アラブ)と組みたかった。だが、それらを阻害する勢力によってそれぞれが戦争へと突入した」。
ロシアとイランに北朝鮮も加わった「悪の枢軸」が世界を不安定に陥れている。

よく使われた言葉が、「Multi-Polar」だ。 ヨーロッパや中東で戦争が行われ、台湾海峡も緊張が高まっている。それぞれの地域に「極」がある世界を表した言葉である。

2)AI

ダボス会議に、Open AIのサム・アルトマン氏が初めて登壇した。僕は、3つの場所でアルトマン氏の話を聞くことができた。中でも、「AIが進化しAGIに近づけば近づくほど、人間の狂気度が10ポイントずつ上がっていくことを実感した」との発言が印象的だった。

エデルマンの調査で、2/3の人々はテクノロジーの進化が早すぎると感じ、AIが仕事を奪うのではと不安になりAIを敵視する人が増えていることが判明した。また、「AIを徹底的に使うべきだ」と主張しつつ「ヒロシマの悲劇を繰り返してはならない」と科学の暴走に警鐘を鳴らしていたのが、マーク・ベニオフ氏だ。

一方、AIがサイエンス的な発見・発明に活用できたら、世界の気候変動問題を含めて、多くを解決できると期待する科学者も多い。アルトマン氏は、「AIが進化して、核融合が実現できたら、カーボン・キャプチャーが可能となり、気候変動問題が解決する」と期待していた。
マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏やソニーCTOの北野宏明さんも一様に「AIがサイエンスの領域で活躍すると病気を治す薬の開発や、バイオテクノロジーや新しい材料の発明に繋がり、飛躍的に人類は豊かになる」と明言している。

ただ、AIは暴走する世界や、サイバーテロ、フェイクニュース、兵器への悪用など悪い方にも使われる。原子力同様に良い面と悪い面があるので、適切な規制が行われて、人類にとって有用に活用されることが望ましい。

こうした話題の中でよく使われていた言葉が、「Guardrail」である。AIが暴走して崖から落ちて悪さをしないように、適切にガードレールを作って誘導しようという議論が活発に行われていた。

3)中国を含む世界経済

ダボス会議の参加者の大半は、経済人である。従い、経済動向に関心が高い。そしてダボス会議の最後のセッションは、「世界経済の展望」という経済セッションである。昨年は二桁にも到達するインフレが急激に発生したことで悲観的な論調が支配的だったが、実際は世界経済が驚くほどの強靭さを見せて、インフレを抑え込み、低い失業率を維持し、高い成長率を遂げて、株式市場も堅調だった。2023年を「厳しい年になる」と予想した経済学者は、完全に的が外れていた。

また、同じく経済学者は「中国経済は回復する」と言っていたが、結果的には全く回復する気配がない。これも予想を外していた。不動産バブルが崩壊し、対内直接投資が激減して、米中関係の冷え込みで輸出も厳しく、若年層の失業率は20%を超えて、アリババへの「介入」もありスタートアップも冷え込んでいる。ベンチャーキャピタルファンドは、投資額の9割もの含み損失を計上していると言う。
日本が直面してきた70年代の低成長と80年代のバブル崩壊と2000年代の急激な少子高齢化が、同時期に襲っているのだ。僕は、中国経済の低迷は長引くと予想する。

今回のダボス会議には初めて李強首相が参加することもあり、中国人参加者の数が過去最高だったと言うが、目立っていなかった。中国経済の低迷と台湾大統領選挙が話題に上がる程度であった。

4)VCと教育

昨年からVCと教育関係のコミュニティに加わり、積極的にネットワークして意見交換する機会を得られた。双方ともクローズドな少人数の会合で、全員が自発的に複数回発言できる対面式のレイアウトなので、すぐに親しくなれるし、ここだけの話が満載で学びが多かった。

教育関係では、AIの活用の話がメインであった。教育提供者側は、カリキュラム開発、AIコーチ、翻訳などに積極的にAIを活用するなど、それぞれの会社のAI活用状況を共有しあった。
特に「受講生側にAIをどれだけ学びに活用するべきか」の議論が面白かった。僕の結論は、算数・数学では電卓を使わず可能な限り頭で考えさせることが重要なのと同様に(授業やテストに電卓を持ち込むことが当然という国は多いが、日本やインド等では禁止されている)、中学・高校まではAIを活用しない方が良いと思う。自分の頭でクリティカルに考える力が著しく低下することになるし、文章能力などの言語処理能力も身に付かなくなる可能性が高いからだ。

VCについては、日本以外は「冬の時代」に突入している。Exitがなく現金化できないから、投資済み案件が多く在庫化している。その結果、投資家に分配できず、ファンドレイズできない悪循環に陥っているのだ。

2021年の投資家への分配額は約100兆円あったが、2023年には約8兆円と激減した。同時期の投資額はそれぞれ、約100兆円と40兆円なので、いかにEXITできずに「在庫」が拡大しているかがわかる。
また、好景気が10年以上続いたので、この「冬の時代」を多くの起業家もキャピタリストも経験できていないから、対処の仕方がわからないと指摘されていた。

僕が参加した「ハイテック投資の新潮流」というプライベートセッションでは、起業家とVCとの対話集会的になっていた。起業家側もファンディングに苦労しているのだ。

今回のVCの「冬の時代」は、株式市場と経済が堅調なのに訪れた。過去のドットコムバブル、リーマンショックとは全く違う質の「冬」である。しかも、日本は冬ではないのである。いい意味で日本のスタートアップやVCは独自の進化を遂げている最中である。僕は、VCコミュニティでオープニングのスピーチを頼まれたので、次の通り喋ることにした。

「今年4月に日本の1万円札の顔が、福沢諭吉から渋沢栄一へと変わる。お札の顔はリンカーンやジョージ・ワシントンなどの政治家か国王や女王が多い。一方の日本では、教育者と産業を作った資本家(ベンチャーキャピタリスト)が日本の顔になって尊敬されている。

まさにグロービスが行なっている実学の教育と産業の育成とが評価されているのだ。グロービスはビジネススクールとVCとで生態系を作り、新たな産業を創出している。僕らVCが気にするべきことは、投資とリターンではなくて、いかに社会問題を解決して社会に役立つ人材と会社を再現性が高く創り出すかである。その為には、生態系を強くしていくことが重要だ。今後はVCも投資ばっかりでなくて、スタートアップの<生態系をつくる>アプローチが重要になるであろう」

16回目のダボスのおわりに

さてここまで書いてから、昨年のダボス会議の総括をこの機会に読み返してみた。

堀義人のダボス会議2023速報(6)総括〜ダボス会議で感じた6つのこと

昨年の方が、幅広いテーマに関して総括していた気がする。
当然、今年も昨年に引き続きビジネスの役割やジョブ・スキル、働き方、気候変動についても議論はされているが、昨年から大きな変化があったわけではなかった。それよりもむしろ地政学、AI、中国を含む世界経済の方に関心が割かれていた。

日本の存在感は高くはないけど、中国の低迷もあり、日本への評価は総じて高かった。日本を好きな人が着実に増えていることを実感する。政治・経済の安定感、レベルが高いアニメなどのポップ文化、和食に代表される長い期間にわたって培われてきた伝統文化、安全かつ清潔感が高い街中や協調的な社会、真面目で勤勉な国民性が評価されているのであろう。

ダボスでの日本の存在感の点では、河野大臣を含め政治家は2人しか参加せず不満が残った。国会の会期中と重ならないので、首相を含めてもっと多くの政治家が来て欲しかった。
また、日銀総裁の不在は日本にとっては損失だ。ダボス会議のメインステージで日本の立場を語れるのは、総理か日銀総裁だけである。ぜひとも積極的に世界のリーダーにアピールして、日本に対する評価を高めて欲しいものだ。僕は、微力ながらも貢献したいと思っている。いつかはメインステージで登壇できるまでに力をつけて行きたいと思う。

さて、フライトも羽田に近づいてきた。これで16回目となるダボス会議が終了することとなる。一言で総括すると、「楽しかった」だ。
親しい友人にも数多く会えたし、世界のリーダーと意見交換して世界の流れが理解できたし、本業のビジネスにも有益な情報や発見が数多くあった。LuckyFesに繋がる人脈も作れたし、夜ハチャメチャに遊べたし(なんと最後の晩に帰ったのが朝4時過ぎだった)、G1@ダボス会議も開催できたし、JapanNightをスポンサーしたし、ガンガンに積極的に発言したし、100枚以上の名刺をもらったし、達成感に満ち溢れている。

何よりもダボスレポートを毎日欠かさず書くことができたことに対して、自分を褒めたい気分だ。ただでさえダボスの雪道を行き来しながらバタバタしているのに、仕事のメールにレスポンスして、隙間時間を割いてダボスレポートを発信し続けるのは、実は相当な負荷になっているのだ。

サボリたくなるのだが、踏み止まりやる気を出させてくれたのが、「ダボスレポートを楽しみにしているよ」という皆様の声だ。ぜひ役に立ったならば、「いいね」やコメント、拡散して欲しい。そのレスポンスが来年の(気が早いけど笑)やる気にも繋がるので。

これにてダボスレポートは終了。次はグロービスのクラス・セミナー、茨城ロボッツのアリーナ、LuckyFMの番組「リーダーの挑戦」、あるいはLuckyFes等で会いましょうね。(^^)/

2024年1月20日(土)
羽田行きのフライトにて
堀義人


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