小春日和の師走の土曜日に、起業家のネットワークであるEO(Entrepreneurs Organization)の家族クリスマス会が開催された。
「もうそんな季節なのか」、と驚きながら、二日酔いの体に鞭打って、出発の準備をする。ドレスコードは、セミフォーマルだから、子供たちを含めて、堀家は全員ジャケットにネクタイというパシッとした格好で、お出かけする。5人の息子を含めて、6人分のネクタイを僕が縛り、東京湾沿いの会場に愛車アルファードで向かう。
会場に着き、家族全員でクリスマスツリーの前で写真を撮り、中に入る。そこは、倉庫街にできたレストランだ。外には、遊覧用の白い大きな船が停泊しており、その背景には夜の東京湾が広がっていた。僕は、会場内で起業家仲間に一通り挨拶をして、指定された席に着いた。今年は、インドネシアと米国からもゲストが参加していた。
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EO会長の乾杯の挨拶の後に、思い思いに食事を取り、談笑した。暫くして、歌手の中西圭三さんの歌が始まり、その後タレントの前田健さんが扮するあやや(松浦亜弥)の登場と続き、会場はとても盛り上がっていった。そして、次が、いよいよ僕の出番だ。
「僕の出番」とは、妻への手紙を朗読する役割を果たすことだ。今年のEOのクリスマス会では、「夫(妻)から妻(夫)へ贈る手紙」という企画が立てられた。各自が手紙をしたためて来て、その手紙を妻に贈るというものだ。僕は、この手のものは、正直言って得意ではない。だからいつもは、適当にごまかしてきた。だが、今回は二日前に主催者から依頼があり、「皆の代表として妻への手紙を読み上げて欲しい」、と言うのだ。
起業家(EO)仲間に頼まれると断りにくいのが、僕の性分だ。仕方なく、自分なりの文章で手紙をしたためて来て、それをクリスマス・カードに貼り付けた。
時間が来ると、家族全員が、会場の真中に呼ばれた。一応サプライズ企画なので、何も妻には伝えていない。おもむろにマイクを持たされ、皆の前で妻に向かって、手紙を読み上げることになった。僕は、ジャケットの内ポケットからクリスマス・カードを取り出した。こうなったら照れているのが余計に格好悪いので、堂々と読み上げることにした。
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○○へ
結婚して17年間、僕のことを常に支えてきてくれてありがとう。僕ら夫婦は、最初のDINKsの3年間を経て、すぐにインキュベーション・ピリオドに入りましたね。その10年間は、妊娠、出産、授乳の2年間のインターバル・サイクルを5回続けるハードなものだったと思います。
そして、この4年間は、グロース・ピリオドだね。子供達の教育・成長が、我が家の中心課題ですね。このグロース・ピリオドは、あと10年以上は続くものと思います。そしたら、いよいよエグジット・ピリオドに入るのでしょう。願わくば世界へと、一人ずつ飛び立っていくものだと思います。
そして息子達の結婚、出産、初孫の誕生へと続き、子供達が同じサイクルを経るのでしょう。 このダイナミック且つエクサイティングな夫婦のライフ・サイクルを、○○と供に、「共同経営者」として歩めることを、とても嬉しく思います。
教育理念を共有し、計画を立て、子どもの教育のことや、山小屋そして家のことも、常に一緒に相談し、決めてきたね。これからの堀家の更なる発展のために、良きパートナーとして末長くヨロシクお願いします。
堀義人
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途中、ワイヤレス・マイクの調子が悪く、うまく伝わらなかったかもしれない。考えてみたら、筆不精の僕にとっては、これが初めての「妻への手紙」なのかもしれない。読み終わり、子供たちを抱きしめ、皆に催促されて妻のほっぺたにキスをして、席に戻った。
イベントの最後は、南アフリカチャプターからの贈り物である、ドラムストラックの演奏だ。子供達全員が太鼓をたたきながら、アフリカの黒人のリズムに合わせて、ドラムを叩き大いに盛り上がった。あっと言う間に3時間半が経過した。
僕の心の中は、伝えたいものを伝えきれた充実感に満ちていた。そして、起業家の仲間や家族に別れを告げ、家族7人を乗せたアルファードが湾岸のレストランから、都心の自宅へ向けて、静かに動き出した。
2010年12月6日
自宅にて執筆
堀義人