リオでの南米会議の後は、LAで米国一の評価がある会議でのスピーチだ。それまで中3日。移動時間を考えると2日間ある。そこで最も南米らしい地を訪問することにした。リオから、最終便の飛行機に乗ること約4時間、南米奥地アマゾン河沿いに栄えたマナウスという都市に着陸した。時は既に深夜12時を回っていた。その晩は川沿いのホテルに泊まり、翌日から行動をすることにした。
朝起きてチェックアウト前に、ホテルに付属する動物園で、ジャガー、オセロット(ヤマネコの一種)、カピバラ、オウム、猿を見学した。南米アマゾンに生息する動物達だ。気候が合うのか、のんびりと悠然としていた。車に乗り込み、世界最大面積を誇るアマゾン河に出かけた。使わない衣類やパソコン等は、全てスーツケースに詰め、ホテルに預けることにした。リュックサックを背負い、軽装でのアマゾン河一泊ツアーだ。
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車で埠頭まで向かい、数人乗りの小さなハシケに座り込んだ。空は水色にすみわたり、ジャングルの緑は深い。水面は平坦で波一つ無い。よくみると、水かさが増し木々が埋没していた。雨季には、乾季より15m近く水位が上がるのだという。鏡のように映る、熱帯樹の緑が美しい。
アマゾン河の川沿いにこぢんまりと立てられた質素なロッジにハシケが到着した。そこが、僕の滞在先だ。チェックインし、部屋に入ったが、電気が通っていなかった。
すぐに現住民のガイドに連れられて、野生の猿の生息地に向かった。猿と戯れながら、ジャングルの上のカノピーウォークを楽しんだ。鷹や水とかげが挨拶に来た。子連れの猿がとても可愛らしい。
ロッジに戻りお昼寝だ。その間に激しいスコールのお出ましだ。熱帯雨林らしい、大粒で強い雨音だ。雨が上がり、16時過ぎからビラニア釣りに出かけた。釣ったのは、原住民のガイドさんのみだった。アマゾンは先程の大雨が嘘のように晴れわたっていた。
夕暮れ時にアマゾン河のほとりに一人たたずんだ。幾多の種類の鳥の合唱が始まった。空がゆっくりと色褪せてきて、ジャングルの緑も黒みがかってきた。水面は静かさを保っていた。鳥の群れが大空を横切っていった。
空にほのかに明るさが残る黄昏時に、はしけに乗りアマゾン河にくり出す。ケイマンと呼ばれるワニと接するためだ。しばらくすると、天空が暗くなり、星が現れる。ライトで照らすと、赤目が光る。
原住民のガイドさんがワニを手掴みで捕獲して、触らせてくれる。彼らからすると、ワニの捕獲は生活の知恵だ。「以前は猿やワニを捕って生活していたが、今はそれらを食べずに保護をしているとは、不思議な巡り合わせだ」、と原住民のガイドさん。
小さなワニを捕まえ、見せてくれる。「危険じゃないの?」と聞くと、「危険?人間の方がよっぽど危険だよ」との答え。確かにそうだ。地球にとっては、人間が生態系を壊すのが、一番危険なのだ。幸いアマゾナス州の森林の90%は世界遺産等で保護されている。
「このジャングルが、地球の空気洗浄機と冷房の役割を果たしている」とガイドさん。確かにそうだ。「最近気になる変化はあったか?」の質問に、「明らかに暖かくなってきている。信じられないような干ばつが昨年もあった。地域によっては今も水がない」と。
地球次元の最大の敵は、地球温暖化だ。その元凶が、CO2だ。化石燃料の使用を増やすことなく、原子力、そして将来は、再生可能エネルギーへとシフトしていく必要がある。それが、未来永劫続く地球に住む、全生物に対する責務である。
アマゾンの大自然に抱かれると、色々と考えさせられる。一年に15mも水位が上下する。本来なら大変な大洪水だ。だがびくともしない。なぜなら、そういうものだと思って準備しているからだ。日本の地震津波も同様だ。そういうものだと受け入れて、準備せざるを得ないのであろう。自然を支配せずに、受け入れるのだ。
夕食の後、やることが無いので、すぐに眠りについた。
アマゾン河滞在2日目の朝。コテージはお湯も出ず、シャンプーもリンスも使えない。トイレには、備え付けのペーパーも流せない。プールは、天然の湧き水をせき止めて形作られている。全てが環境に優しい、というよりも自然のままなのだ。朝食は、タピオカのパンケーキとマテ茶だ。
朝食後に原住民のガイドに連れられて、ジャングルを散策する。ここは生物の宝庫だ。4000種類の木、380種類の哺乳類、1600種類の鳥類が生息する。ぬかる獣道を歩きながら、薬草、タバコの木、ジャガーからの逃げ方等、生活の知恵を伝授してくれる。
「自然淘汰」の話が興味深かった。英語では、「淘汰」ではなく、「選択(selection)」と呼ぶ。「大木が、寄生植物と白蟻により死に絶えるが、その地に新しい木々が生えてくる。これが、自然の選択なのだ」、とガイドさん。まさに多様性が生み出す新陳代謝だ。大木を守るよりも、自然に「選択」させるのだ。
ワニは、30近くの卵を生む。生きながらえるのは、そのうち2匹程度だ。「可哀想だ」と思いワニを守ると、30匹が成長し生態系を破壊することになるとともに、ワニを弱体化させる。守るべきは、ワニでなく生態系そのものなのだ。ここに新生日本の進むべきヒントがあろう。
企業や人々の多様性を許容し、いやむしろ積極的に奨励するのだ。変人や出る杭は、大いに結構だ。そして、ある一定限のルールに従い、自然「選択」を通して新陳代謝を促すのだ。そのためには、規制緩和を行い、特定のものを保護せずに、自然な状態に近くして、日本という生態系の魅力度を高め、徹底的に自由に参入を促すのだ。ジャングルの様に逞しく、だ。
アマゾン河は、幅10km、深さ50から150mあるという。コロンビアから流れるネグロ川とペルーから流れるソリモンエス川が合流する地点からアマゾン河と呼ばれる。そこから大西洋まで1800kmだ。全長6500kmなので、そこからまだまだ上流に続いている。その地点では、二つの川が交じらすに違う色のまま並走していた。ネグロ川は黒く、ソリモンエス川は粘土色だ。水温も速度も違うのだという。実際に触ってみると明らかに違うことがわかる。
その二つの川の合流地点且つアマゾン河の始点に、人口200万人のマナウス市がある。税的優遇措置がとられていることもあり、ホンダ等日本企業も進出しており400以上も工場がある。川沿いに近代的なビルが立ち並び、オペラハウスも確認することができた。川が主要な交通手段でもあるためか、ボートが多い。全部で6万5000艇ほどあるらしい。川沿いには、造船所をいくつか見つけることができた。今、川に橋が架けられている。川幅が一番狭い3.5kmのところに、建築中だ。真ん中の水深は、75mもあるのだと言う。
マナウスには、日本人入植地もあり、農業も盛んだ。日曜日なので、若者が客船に乗り、川沿いのビーチに向かう姿も見えた。開発され尽くされた都会から30分も船に揺られると未開のジャングルがある。ここにもヒントがある。都会は、徹底的に近代化し、地域は可能な限り開発せずに自然を残し、観光、農業等で国際的競争力を発揮.するべきであろう。
マナウス市観光と二つの川の合流地点の船上視察を終え、ジャングルのロッヂに戻ってきた。ほどなくして、熱帯のスコールがあたり一帯を冷ましていった。
お昼寝後は、原住民の集落への訪問だ。船に乗り込み、ネグロ川を上流に向け、出港した。往復の船から見える景色が素晴らしい。思わず、思い浮かぶ言葉を、携帯に打ち込んでいき、ツイッターに呟いた。
「アマゾンの雲が美しい。真っ白の雲が、モグモグと沸き上がっていく。太陽の光が裏から射し込み、白い雲が光輝く様が、空の水色とコントラストをなし、僕の目を釘付けにする」。
「雲が創り出す芸術作品をアマゾン河のボートの上から楽しむ。雲の厚さ、形、太陽との位置関係で、色、明るさに違いが見える。水面は平坦で黒い。鏡となった河に、ボートの紋様が、空色に映える」。
「今太陽が沈んだ。アマゾンで見る最後の夕陽となろう。その夕陽が、地球の反対の日本では、朝陽になる。日は流れ、また繰り返す。だが、常ならむ。だからこそ、今を一生懸命に生きるのだ」。
そのままロッジを後にして、マナウスのホテルに戻った。一寝入りして、夜中の2時半にホテルを後にした。マナウス空港からリオデジャネイロへと南下し、パナマ経由でロスアンジェルスに入る予定だ。ほぼ丸1日かけた行程だ。
マナウス空港のゲートで並んで待っていた時に、携帯が鳴った。三男からだった。「僕、リフティング何回できたと思う?」と聞いてくる。「500回?」と前回の記録を下回って答えた。「違うよ1028回だよ」と三男の弾んだ声。地球の裏側からの嬉しい報告だった。
2011年5月3日
リオからパナマに向かう飛行機にて執筆
堀義人