今年2月発売の『ビジネススクールで教えている 武器としてのAI×TECHスキル』から「Chapter4 DXに取り残されない」の一部を紹介します。
昨今、DXという言葉を見聞きしない日はありません。DXは、単に業務プロセスの効率化にとどまるものではなく、顧客に新しい価値提供をしたり、新しいビジネスモデルを構築したりしてこそ成功と言えます。同時に、従業員の意識や行動を変容させることも非常に大切です。
さて、デジタル技術を用いて顧客に新しい価値を提供するうえで理解しておきたいのがレイヤー構造です。レイヤーとはソリューションのある階層のことです。水平分業と言い換えてもほぼ同様です。
顧客はそれらを適切に組み合わせることによって、最適のソリューションを得ることができます。レイヤー化によるソリューションの多様化こそDXの重要なエッセンスでもあるのです。企業にとっては、どのレイヤーを自社が担い、誰と協業すると価値を効果的に創造できるかを考え抜く構想力がますます大事になってきています。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、東洋経済新報社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
レイヤー構造による問題解決
デジタル技術の進化のもう1つ大きな特徴は、レイヤー構造を採用することによって、多様なソリューションの提供ができるということです。レイヤー構造とは、システムやアプリケーションの構築・運用をしやすくするために、機能や役割ごとに階層化された構造を指します。その例を図に示しました。
たとえばアップルは基本的に、スマートフォンやPCというハードとiOSというOSのみを担っています。そのうえで、アプリの開発は外部に任せ、多種多様な価値を顧客に提供しています。当然、通信回線も自分では持たず、他社に任せています。顧客から見ると、いくつかのレイヤーのサービスを組み合わせることで自分に最適なソリューションを得ることができるという点が重要です。
最先端のITの事例ではありませんが、別の身近な例で言えば、出前館はインターネットを活用し、食のデリバリーという新しいレイヤーを付加することで、顧客に新しいソリューションを提供することに成功しました。それまでは、ピザのデリバリーであれば、そのピザ店で作ったものしかデリバリーできませんでした。そば店の出前も同様です。しかし、出前館はさまざまな業態の飲食店と組むことで、きわめて多様な選択肢というソリューションを顧客に提供したのです。
業界のレイヤー構造を見る際には、どこに利益が蓄積されやすいか(儲かるか)という視点が大切です。たとえばスマートフォンではOS(厳密にいえばマーケットプレイスを含む広義のOS)のレイヤーを担う企業に利益が蓄積される傾向があります。iOS (App Storeを広義に含む)はその例ですが、これはiPhoneという優れたプロダクトとセットであるがゆえという側面もあります。おいおいスマートフォンの8割以上が採用していると言われるAndroidが利益を奪っていくというシナリオも十分に考えられます。
(内燃機関をベースとした)自動車は、現時点ではアセンブル(組み立て)というレイヤーに利益が蓄積されます。しかし、自動車というプロダクトにIT的な付加価値がつけばつくほど、言い換えれば移動手段としての要素が低くなるほど、利益はハードではなくアプリケーションサイドに移っていくかもしれません。自動運転を実現するソフトのレイヤーなどはその可能性を秘めています。
レイヤー構造が進むことは、顧客の問題解決のみならず、業界内における富の移動を促すのです。可能であれば、富の蓄積されるレイヤーを取り込みたいものです。
上記の例は産業全体を見たものですが、社内できめ細かくレイヤー構造を構築することも可能です。たとえばドイツの巨大企業であるシーメンスは、顧客へのデジタルサービスの提供にあたって、社内に「情報取得レイヤー、接続ツールレイヤー、データレイヤー、データ管理レイヤー、分析レイヤー、アプリケーションレイヤー」といったレイヤー構造を作りました。同社は、エンジニアを大量に採用することでこれらを内製しましたが、もちろん、必要に応じてその一部を外注化することも可能です。
DXの根源には、「レイヤー構造をきめ細かく積み上げることによって、これまでにはなかったような新しいソリューションを実現できる」という発想があります。企業としては、最適なレイヤー構造を構想すること、そしてそのうちどこを内製化し、どこを外部に任せるかという判断が非常に重要になります。
『ビジネススクールで教えている 武器としてのAI×TECHスキル』
著:グロービス経営大学院 発行日:2024/2/28 価格:1,980円 発行元:東洋経済新報社