このコラムは、11月17日から20日までにツイッター上で呟いた文章を加筆修正し、末尾に感想を付け加えたものです。
●11/17 (水)
1)たった今、バンコクのホテルに到着。羽田発深夜0時40分発の夜行フライトは、意外に快適だった。やはり、羽田から世界へ飛べると、かなり楽だ。新国際線ターミナルも思ったよりも、機能的且つシンプルで感じが良い。本日から、バンコク、クアラルンプール、シンガポールの東南アジア3都市歴訪ツアーが始まる。
2) しかし、羽田深夜発のフライトは、便利だ。昨晩は夜10時まで、グロービス経営大学院で教えていたのだ。その後、帰宅してひと風呂浴びて、子供たちに「行ってきます」してからでも、充分に間に合うのだ。そして、朝7時には、バンコクの都心だ。朝10時からのアポまでひと眠りできる。
3) 今回の海外出張の目的は、一言で言えば、「グロービスMBAの売り込み」だ。2012年の英語のフルタイムMBA開講に向けて、グロービスは初めてMBAツアーに出展したのだ。ツアーは、東京から始まり、上海、台北、香港、バンコク、マニラと歴訪中だ。僕は、そのツアーの後半に合流し、クアラルンプールとシンガポールでスピーチをする計画だ。
4) スピーチと同時に、投資家訪問したり、アドバイザリー・ボード組成のために大物経営者に会ったり、メディアと会談したりしている。来年10月には、英語による「リーダーズ・フォーラム」を開催予定なので、その準備も兼ねている。
5) つまり、アジアの各都市で、グロービスのMBA生になるように勧誘し、お金を投資するように説得し、アドバイザーに就任するようにお願いし、メディアとの関係を強化して、そしてリーダーズ・フォーラムに登壇するように口説いているのだ。要は、「ロードショー」なのだ。別の悪い表現をすれば「ドサ周り」だ。この地道な繰り返しが、グロービスをアジアNo.1のビジネススクールに導くのだ。
6) 午前11時から、タイの友人とホテルでお茶をし、 昼食時にアジア最大規模の雑誌社の創業者とランチだ。アポの合間に、バンコクの街中を歩いてみた。4月の動乱の痕跡が、無惨にも焼け残ったビルとして残っていた。ただ、それでも復興はかなり進んでいるらしい。ZENとセントラル・ワールドの半分がまだ営業をしていない。幸い伊勢丹は、営業していたので、久しぶりに買い物を楽しんだ。
7) 夜は、タイ最大規模のグループ会社の会長との会食だ。非常にカジュアルな方で、話が弾んだ。ビジネスから政治まで、幅広い分野で意見交換をした。僕は、今まで10回以上タイに来ていたが、政治の実情をここまで話してくれる人は、初めてだ。あの様な話を聞くと、日本の政情は、それでもかなり良いように思えてくるから不思議だ。
8) アジアの都市に行くと、どうしてもナイト・ライフを楽しみたくなる(アジア以外でも、そうだが)。当然遊び仲間は、どの都市にも豊富にいる。夜にクラブを訪問すると、大体その都市の文化、ファッション、遊び方、男女関係等を、垣間見れて学びが多い。バンコクは、いつもの事だが、とても刺激的だ。
●11/18 (木)
9) 朝6時過ぎのウェイクアップ・コールで、目が覚める。これから、次の目的地クアラルンプール (KL) に向かう。カーテンを開けて、朝の光を取り入れる。シャワーを浴び、着替えて、軽く仕事をする。天気は、曇り。都心のど真中なのに、競馬場の緑の景色が広がっていた。目の前の高架をモノレールのようなものが通過していった。
10) バンコクのホテルを出て高速を一路新空港に向かう。タイ航空のビジネスクラス専用の入り口で降りると、VIPの待遇だ。Fast Trackでセキュリティもイミグレーションも通過できる。そのまま専用ラウンジの奥にある、無料のマッサージ・サービスを楽しむ。タイマッサージを堪能して、搭乗だ。
11) クアラルンプール空港で、僕らの搭乗機のみ一時間以上荷物が出ないトラブルが発生。しかも携帯の充電も切れていて繋がらない。荷物をピックアップ後に、運転手と落ち合い、彼の携帯を借りて連絡をとる。結局ホテルでチェックインする暇も無いので、今回も車の中で着替えることになった。スーツに着替えて、荷物をホテルに降ろして、そのままコンファレンス会場に直行した。
12) KLでは、インドとASEANとのベンチャー関係の会合がたまたま開かれていた。僕は、マレーシア首相主催のランチの後に、スピーチをすることになっていた。僕がマレーシアに行くことが決まった時に、メールを知人に出し続けたら、「KLにいるならスピーチしてよ」と言われ、軽く「いいよ」と答えた結果、このスピーチが実現した。
13) スピーチは、「日本のベンチャーの現況とASEAN&インドへの示唆」というものだ。スピーチをした後に、駈け寄ってきた多くの方々と挨拶を交わし、次のアポに向かう。小腹が空いたので、途中レストランに立ち寄った。16時から18時迄は、グロービス経営大学院に奨学金を授与する可能性がある財団との会合だ。実現すれば、初の奨学金となる。ホテルに戻り、メールチェックして、19時から今回のメイン・イベントの学長セミナーだ。
14) 夕方から雷を伴う大雨が降ってきていた。それにも拘わらず30名近くの来場者があった。KLは、雨が降ると、渋滞がひどくなる。地下鉄も無い場所だから、「僕でも行きたくなくなる」、と同情する。僕にとっては、日本以外で行う、グロービス史上初の学長セミナーだ。気合が入りまくったままスピーチ&質疑応答を終えた。
15) 感触は、良かった。グロービスの考えをしっかりと受け止めてもらえた。この様なスピーチとMBAツアーとを地道に10年間続ければ、アジアのトップ・スクールの仲間入りができよう。この感触を得たのは、とても大きかった。今後は、海外ツアーが増えると思う。部屋に戻り、軽く着替えて、また外出だ。
16) 夕食を共にするのは、僕のメンターでもあり、グロービスのファンドへの投資家でもあるマレーシア在の大富豪だ。彼の自宅に行くのは、10年ぶりだ。プール・サイドでワインを飲みながらてんぷらをつまみ、ダイニングに移動してスープとメインコースだ。結局、彼の家を出たのは、深夜零時をまわってからだった。
17) それからでも遊びに行きたがるのは、僕の「遊び人」の性分からなのか、それとも好奇心からなのか。連日の移動で疲れていたが、クラブを2軒梯子して、マッサージを受けて、深夜3時過ぎにホテルに戻る。
●11/19(金)
18) 朝8時に起きて、ツイッターを呟き、その後シンガポールに移動だ。 KLの空港は、都心から比較的離れていた。シンガポールに到着後、ホテルにチェックインし、その足で投資家を訪問した。投資家の新事務所から、新しく建てられたカジノを臨む。奇抜なデザインでビックリした。カジノに入るのは、僕ら外国人は無料だが、現地人は100ドル払うらしい。それでも現地人がマジョリティを占めるのだと言う。会議を終えて、ホテルに戻る。
19) 夕方17時半のアポが先方の都合で大幅に遅れ、結局夜8時に、米経済誌のフォーブズのアジア代表とホテルで待ち合わせて、アメリカン・クラブへ向かった。シンガポールの渋滞は、年々ひどくなっていくようだ。中華を食べながら、談笑。「ワサビ・シュリンプ」というメニューが意外に美味しかった。その後、彼の車を借りて、シンガポールのナイト・ライフの「観光」に出掛けた。
20) 最初に覗いたのが、日本パブ。今一だったので、すぐに次の目的地のクラーク・キーに向かった。ここは、ディスコ・クラブ・バー等ナイト・ライフ向けの大規模モールという感じだ。どことなくディズニーランドやヴィーナスフォートのような人工的な匂いが漂う。それでも、もの凄い数の人で溢れかえっていた。
21) クラーク・キーにあるクラブの中を何件か覗いてみた。基本的なパターンは、ライブバンドが入り、若者がグループでお酒を飲みながら楽しむ、という感じだ。煙草を吸うスペースが仕切られているので、空気がとても綺麗だ。観光客も多く来ている感じがした。しかし、規模がでかい。これだけ人工的な繁華街は、初めてだ。
22) 次に場所を移動して、「ズーク」というクラブに入った。中が3つか4つのクラブに別れており、カバー・チャージを払うと、自由に行き来できた。こちらは、シンガポール最先端のクラブ、と言う感じだ。客は、かなり整然としていてお行儀がいい。暫く滞在してから、最後に立ち寄ったのが、欧米人向けのクラブだ。結局僕はここに長居することにした。
●11/20(土)
23) 朝起きて、シドニーのCEOコンファレンスで出会ったコンサルタントとブランチを共にした。「アジアン・ブランド」という本を書いている方だ。来年10月のグロービス主催の「リーダーズ・フォーラム」に招待することにした。そして、いよいよシンガポールでのメイン・イベントの学長セミナーだ。なぜだかまた雷の音がしてきた。。また雷雨かな。。折角の機会なので、なるべく多くの方にお会いしたい。本日も仕事に遊びに全力投球だ。
その日のスピーチは、順調に終えた。雨にも拘わらず多数の熱心なMBA候補者が集ってきてくれた。ビックリしたのが、現地シンガポール出身者が皆無に近いことだ。欧州からはフランスや東欧から。アジア近郊からは、中国、香港、台湾、インドネシア、ミャンマー、マレーシア等からだ。あと豪州のパースからわざわざ僕のスピーチを聞きに来た人もいた。
シンガポールが、この地域のハブ(中核)となり、人材を世界から吸い上げていることが理解できる。一方の現地シンガポール人は、のんびりとしていてハングリー精神を失いつつあるのではないかという点も危惧された。ただ、これはどの国でも起こることだ。アメリカでさえ、シリコンバレーの起業の過半数が米国人以外の中国、インド、東欧人によるものであることを考えると、豊かになったことの当然の帰結とも考えられる。
スピーチの最中に、シンガポール在のグロービスの受講生と、ジャカルタ在のGMBAの卒業生が、顔を出してくれた。僕は、嬉しくなり、スピーチ後にお二方とお茶を供にすることにした。彼らの話を聞くまでも無く、僕は、シンガポールの変化を感じ取っていた。
今回の訪問国であるタイ、マレーシア、シンガポールの3カ国は、僕が住友商事に入社時に配属されたプラント貿易部で、最初に担当した地域だ。1987年に入社二年目に、個人として初めてアジアに旅行した地域でもある。その後立て続けに、この3カ国に海外出張に出かけることになった。バンコクでは、モンティエン・ホテルに滞在し、近くのパッポン通りやタニヤ通りに良く遊びに出掛けた。クアラルンプールでは、シャングリラホテルに滞在し、近くの競馬場の隅にある「Turf」という木造二階建てのクラブによくでかけ
た。その競馬場が今やKLCCと呼ばれるシティ・センターとなり、その中心にツイン・タワーが聳え立っているのだ。
23年前から比べると隔世の感がある。シンガポールも明らかに変わった。数年前から、積極的に知識人や裕福な市民を移住させる政策をとり始め、その結果不動産価格は高騰し、渋滞も増えてきた。時間帯にもよるが、今や流しのタクシーが殆どつかまらなくなった。また、大学教育にも力を入れており、海外から大学を誘致する等して、周辺国からの学生を吸収している。その成果もあり、若くて優秀な人が集ってきているようだ。ナイト・ライフも様変わりだ。昔は、遊ぶところがなく、とてもつまらなかったが、今やナイト・ライフの「ディズニーランド」があるぐらいだ。
この3都市を僕が、グロービスの学長セミナーとして最初の訪問地に選んだのは、偶然ではない。住商時代から担当してきたという土地勘があることにも起因するが、それよりも、グロービスの優秀な学生を多く集められる可能性があると踏んだからだ。
グロービスでは、2012年9月より、いよいよ英語版での全日制の大学院が始まる。目標の定員は、20名以上だ。日本人比率は25%以下に抑える予定だ。今回のツアーで手ごたえを感じることができた。これから1年以上かけて、じっくりとプロモーションを行い、優秀な人材を数多く獲得できるように努力をしたい。
この最初の一歩から、グロービスのアジアNo.1に向けた新たな道が始まるのである。
2010年11月24日
日本に向かう飛行機の中で完成
堀義人