初稿執筆日:2011年8月22日
第二稿執筆日:2015年2月16日
2011年8月5日に孫正義氏と筆者(堀義人)とが、日本のエネルギー政策に関して「トコトン議論」を実施した。日本は、エネルギー問題が引き金となり第二次世界大戦に参戦した歴史がある。その重要な議題でもあったので、多くの人がインターネットを通して観戦した。
日本のエネルギー自給率は4%(2006年)、原子力エネルギーを国産エネルギーとして換算した場合でも19%と、主要先進国の中では最も低い水準にある。食糧自給率40%と比較しても著しく低い。そのエネルギーを一部の地域に依存する地政学的リスクを、日本は抱えている。
それらのリスクを最小化するエネルギー安全保障の基本は「多様性」である。第二次世界大戦への参戦、そして敗戦の教訓を活かすためにも、資源の輸入元とエネルギー源は、多様化させておく必要がある。
多様性を確保するためには、中長期を見据えた骨太なエネルギー政策が不可欠となる。更にエネルギー自給率を引き上げるためにも、CO2の排出を削減するためにも、再生可能エネルギーとともに原子力エネルギーの比率を増やすことが求められている。
事実、政府は民主党政権時代の2010年6月に、従来の3E(エネルギーの安定供給確保/Energy security、温暖化対策の強化/Environment、効率的な供給/Efficiency)に、エネルギーを基軸とした経済成長の実現と産業構造改革を追加した、『エネルギー基本計画(第2次改定)』を閣議決定した。この計画では2030年に向けた具体的な数値目標として、原子力発電の割合を53%に高めることも示されていた。
しかしながら、2011年3月11日の東日本大震災による福島第1原発の事故以降、民主党政権のエネルギー政策は迷走した。政府内で客観的かつ中長期的視点による政策論議が十分に行われないまま、エネルギー基本計画を白紙に戻したこと、さらに原子力発電所の再稼働におけるストレス・テストを巡る閣内での政策決定が混乱したことはあまりにも短絡的、情緒的であり、政治のあり方として疑問だ。
もちろん、今回の様な原発事故を二度と起こしてはならない。悲しみ、苦しみを乗り越え、猛省し、厳しい現実を直視した上で、感情的に反・脱原発と叫ぶのではなく、冷静に日本のエネルギー政策全体に立ち戻って論じる必要がある。
1.中長期のエネルギー政策は4つの視点で総合的に検討を!
2012年12月に、民主党から自由民主党への再政権交代が起こり、第二次安倍内閣が発足した。総理は就任早々に震災後の民主党の掲げた「原発ゼロ政策」を破棄する姿勢を明確にした。このことによって、落ち着いた環境でエネルギー政策を議論できる環境を整えることができたことは、わが国の将来を考える上で非常に重要な決断であったと言える。
2014年4月、震災後初めてとなる「第四次エネルギー基本計画」が閣議決定された。国民の安定した生活と経済・産業を維持するために、無責任な「原発依存度ゼロ」の姿勢から脱却した。とても評価したい。中長期の視野に立ったエネルギー政策が求められている。
エネルギー政策を考える上で重要なのは以下、4つの視点だ。
1)エネルギー安全保障
資源の輸入元とエネルギー源の多様化、自給率の向上などを考慮に入れ、石油、ガス、石炭などの化石燃料と、原子力、さらには、水力・風力・太陽光・地熱などの再生可能エネルギーのベスト・ミックスを検討する必要がある。
2)環境・命への影響
各種電源の発電量当たりの温室効果ガス排出量、さらには、発電電力量当たりの死亡者数などによる、「環境と人命への優しさ」を考慮に入れる必要がある。これまでの化石燃料に頼ったエネルギー政策ではCO2の排出による地球温暖化の問題や石炭の燃焼時に生じる粉じんの問題などの深刻な課題がある。原子力と再生可能エネルギーがその点では最も優位である。
3)実現性/安定性/経済性
実現性(必要な設置面積)、安定性(気候条件による出力変動)、経済性(電気料金・設備利用率・バックアップ火力発電のコスト、廃炉コスト、廃棄物処理費用)などを考慮に入れる必要がある。太陽光、風力などの再生可能エネルギーは、問題点(コスト、安定性、CO2排出、面積=実現性)が山積していることは事実であり、ドイツの事例を鑑みても原子力発電の代替となるベースロード電源にはなりえない。その点を考慮してエネルギー政策を立案する必要がある。
4)枯渇リスクと持続性(50年・100年先のエネルギーを)
世界人口は2050年には92億人に達すると予測されており、化石燃料枯渇後は、再生可能エネルギーと高速増殖炉・核融合を含めた原子力エネルギーしか残らないことを考慮に入れ、長期的視野に立った技術開発が必要となる。
上記4つの視点を考えると、先ず実現性・代替可能性を十分に確認してから、(原子力を含めた)エネルギー政策を再度冷静になって構築する必要性があろう。
2.多様化・自給率向上・クリーン化の為の技術開発を進めよ!
安定したエネルギー供給のためには、資源の輸入元とエネルギー源の多様化、自給率の向上が必要となる。そのためにも、さらなる技術革新を行うことが重要である。
1) メタンハイドレードの開発・石炭火力のクリーン化を
日本近海に埋蔵されているメタンハイドレードの開発技術、クリーンコールテクノロジー開発、コンバインドサイクル火力発電システムなどへの投資。
2)再生可能エネルギーは補助金ではなくて、研究開発促進を
経済性を高めるためのエネルギー転換率の向上、設備利用率の向上などへの研究開発投資。再生可能エネルギーの補助金のうち90%以上が、設置や運営に投下されるのは、技術革新という観点では、疑問が残る。補助金ではなくて、是非研究開発への投資に重点を。
3)次世代の原子力エネルギーの開発を
高レベル放射性廃棄物の処分問題の解決、次世代原子力発電(高速増殖炉などの第4世代原子力システム・進行波炉・核融合炉など)、原子力燃料サイクルの早期実現のために、技術開発とともに政治力の発揮を期待したい。
4)水素や電池への投資
燃料電池への研究開発投資、化石燃料以外から水素や合成燃料を生産する方法(またはプロセス)の確立。大規模定置型を含む蓄電池の普及に向けた技術開発・標準化の推進。
5)スマートグリッドを実現するインフラ整備
スマートグリッドによるピークシフトでの電力設備の有効活用と需要家の省エネルギー促進、家庭部門におけるエネルギー見える化促進のためのスマートメーターの普及、全国で電力融通ができるインフラ整備(送電網の整備と電源周波数の統一化)も期待したい。
3.「エネルギー規制庁」の発足によるバランスのあるエネルギー政策と規制を!
エネルギーは、基本的に全て地球を汚すものなのだ。太陽光発電は、山を掘削し、農耕可能地を使い、広範な地域から緑を奪う。風力発電は、低周波音を出し、鳥を犠牲にし、山や海の生態系を壊すのだ。火力発電は、CO2を排出し、空気を汚す。原子力発電は放射能の不安を考えねばならないし、核廃棄物の最終処分場が必要になる。それらの良し悪しを基に、地球環境に優しく、安定性が高い循環型のエネルギー政策を選択し、実現する必要がある。
バランスのあるエネルギー政策を実現するためには、「原子力規制庁」というように1つのエネルギーのみを規制するのではなくて、全てのエネルギー利用を安全・地球環境保護の観点から公正・適切な規制を行う「エネルギー規制庁」のような体制が必要であろう。
どんな車であっても安全性を高めるために、アクセルとブレーキを持たせ、排ガスなどを規制し、目的地へと到達させなければならない。1つのエネルギーだけにブレーキを持たせ、他のエネルギーにはアクセルのみがあるのでは、その車は暴走し続けるだろう。その結果、緑が減り、山や海の生態系が壊れ、空気が汚染され続ける可能性があるのだ。
原子力規制に特化しない「エネルギー規制庁」として、地球環境全般に何が良いのかを、総合的に判断し、政策を推し進めつつ、必要な規制をすべきであろう。
4.原発再稼働の審査を迅速化せよ!
原子力規制委員会は、鹿児島県川内原発に続き、福井県の高浜原発についても、「新しい規制基準に適合している」とする審査書を決定した(2015年2月)。つまり、規制庁によるOKが出たわけだ。2012年9月の原子力規制委員会の発足から2年以上経過している。審査には数万ページにも及ぶ書類が必要で、現場には相当な負担がかかっているが、本当にそんなに必要なのだろうか?簡素化そしてスピードアップが求められる。
しかも、OKが出てからも、再稼働は遅々として進んでいない。厳しい審査基準を超えた原発については速やかな再稼働を進める必要がある。そのためには、反対派が全国から押し寄せようとも、マスコミが意味不明な扇動的な報道を行おうとも、冷静に総合的に判断できる環境を整えることが重要だ。また判断に必要な避難計画の策定などについては、政府による自治体への積極的な支援が必要だ。
原発全停止による国富流出が年間4兆円程度である。消費税2%もの国富が海外に流出しているのだ。電気代の高騰に伴う実態経済への影響も懸念される。当然、その分CO2の排出が増えている。
また、日本には原発技術を有する世界トップ4のうち、3社がある。東芝、日立、三菱重工である。中国が原発をこれから5年間で3倍に増やす計画がある中で、周辺諸国をはじめとする世界の原発の安定を守る役割を果たしていく必要がある。原発を放棄することは、将来的に原子力発電技術や安全管理を担う人材を失うことにつながる懸念がある。
さらに、停止状態にある原発が稼働している原発と比べて安全な状態にあるかといえば、そうではない。そこに燃料がある限り、リスクは同等に存在する。だからこそ、原発の再稼働に必要以上の時間と労力を割いて、再稼働を遅らせる必要はない。原発の再稼働の審査の迅速化を強く求めたい。
5.官民一体となったエネルギー外交の強化を!
現状の日本において化石燃料の確保は生命線である。産油国からの輸送についてペルシャ湾ルートの使用が多くを占めるなかでは、ISILなどの過激派の活動領域が仮に拡大してしまうことにより、供給ルートが途絶え、日本のエネルギーが枯渇してしまうようなことがあっては、国家として一大事である。
資源小国である日本は、政府・民間(事業者)が一体となった、正にオールジャパンの体制を構築しながら、戦略的なエネルギー外交を展開することが必要不可欠である。今まさに、新興国・アジア諸国を中心とした旺盛なエネルギー消費により、各国間ではエネルギー確保という国益と国益がぶつかり合う、厳しい権益争いが繰り広げられているのだ。
資源確保の際には、政府開発援助(ODA)や国際協力銀行などの政策スキームと外交ルート(チャネル)を最大限に活用して、エネルギー生産国との二国間関係の強化、エネルギー供給源の多様化、エネルギー輸送路などの安全確保、国際機関との連携の強化による国際協調の促進などを図ることが求められる。
このように、エネルギー政策は環境政策、科学技術政策、安全保障や外交政策のみならず、日本の経済成長戦略とも密接に関連する。また、エネルギー政策は国民生活や経済活動に大きな影響を及ぼすことから、国民の理解と支持が不可欠となる。したがって、政府による積極的な情報公開、政策対話、意見聴取を図ることが求められる。
何よりも重要なことは、僕ら国民の一人ひとりが、エネルギー問題を自分の頭で考えて、理解して、発信することである。そうでないと、世論が「怖いから止めよう」という安易な方向に流れて行ってしまう。日本は、エネルギー問題が引き金となり第二次世界大戦に参戦した歴史がある。それだけ重要な議題でもあるので、国民一人ひとりが真剣に考える必要がある。