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社会学者 鈴木謙介氏「ゾンビ化した高度成長モデルを乗り越えろ!」(前編)

投稿日:2010/04/21更新日:2019/04/09

3月初旬。学生の姿もまばらな関西学院大学のキャンパスに、鈴木謙介さん(33)を訪ねた。メッシュの入った茶髪にあごヒゲという出で立ち。重厚な研究室がまったく似合わない。それもそのはず。気鋭の社会学者は、TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」、NHK「青春リアル」でメイン・パーソナリティーを務め、若者の間では、「チャーリー」の愛称で親しまれている。難解な社会学用語を駆使する一方で、誰にでも分かる言葉でも語りかけてくれる、頼れるアニキのような存在なのだ。自らDJをやっていた経験もあり、サブカルから政治哲学まで、その守備範囲はとてつもなく広く、鈴木さんの師匠である宮台真司氏を彷彿とさせる。全3回でお送りする鈴木謙介さんへのインタビュー第1回目は、「閉塞感」について。

「銘々が自分の都合のいいイメージの中で社会というものを捉えて、例えば自己責任論にはまり込んでしまったり、あるいは自分の考える良い社会っていうものの中に閉じこもってしまったり、という現象が起きている」。鈴木さんは私たち一人ひとりが持っている“社会”のイメージが分断されていることを指摘する。

社会イメージが分断されていれば、見通しは悪い。例えば不当な職場環境で苦しんでいても、それが正当な主張なのか、自分のワガママでしかないのか、分からなくなる。「不当に扱われているという個人の状況が、社会と切り離されているが故に生きづらいのに、そもそも『社会と切り離されている』と気づく回路がない」。

「自分の持っている社会イメージというものを、打破できない、突破できない。あるいは、社会というものが本質的な意味で変えられない、というふうに諦めている。そこに閉塞感があるような気がするんですね」と鈴木さんは言う。

私たちが突破すべきものとは何か。

ある程度の発展を遂げた先進国はどこも、従来の生き方のモデルが崩壊し、変化に直面せざるを得なかった。だが日本はそれまでのモデルが様々な要因から延命されてしまったという。「国は企業を護送船団方式で守り、その企業が従業員を守り、その従業員の男性が専業主婦の奥さんと子供を守りっていう順番で、生活を支えるモデルをつくってきた」。高度成長期に作られた企業、地域、家庭、男性、女性の“普通”がなかなか打ち破れない。「とっくに機能しなくなっているシステムが、ゾンビみたいになって生き永らえている、それ以外の道が見えない……」と、鈴木さんは嘆く。

社会イメージの分断がもたらす幾重もの閉塞感

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乾:いきなりになりますが、「閉塞感」についてお聞きしたい。鈴木さんも色々なところでお書きになっていることだと思いますが、日本社会は旧来の価値観から自由になって、人々は多様なライフスタイルを選べるようになったと言われる。でもその一方で、なぜかあまりそんなに自由ではないような空気もある。特に若年層の中で息苦しさとか、よく社会運動家で作家の雨宮処凛さんなどが言っている「生きづらさ」みたいなものが蔓延していると言われています。日本社会の閉塞感と呼ばれるようなものを、どのように捉えてらっしゃいますか?

鈴木:そうですね。まず、閉塞感という言葉そのものが、おそらく人によってかなり捉え方が違うんじゃないかという気がします。つまり、「個人として閉塞感を感じている」という話と、「社会が閉塞感を抱えている」という話。この二つの水準で見たときに、恐らく多くの人は、自分が閉塞感を抱えているかどうかについてはわかるんけど、いま日本社会が閉塞感を抱えているかどうかについては、よくわからんって感じでしょう。景気は確かによくなさそうだ。何となく経済も政治も先行き不透明であるといったマクロな状況と、仕事が不安定であるとか、子供を持ちたいと思っても経済的な理由から持てないという個人の状況が、うまくつながっていない。

本当に考えなければいけないのは、私たちが個人として抱えている閉塞感をどのぐらい社会の問題として考えるべきことなのか、ということについて判断する材料を持ってない点だと思うんです。

例えば雨宮さんはニートや派遣労働者、あるいは正社員でも過剰な労働で苦しんでいる若者の立場に立って、「生きづらさ」について語っているわけですが、単にお金があまりもらえないであるとか、簡単にクビを切られるということだけを問題にしているのではない。そうした出来事が、自分の責任だけで生じている。あるいは自分が努力しさえすれば回避できるようなことだった、というふうに「自己責任論」的に認識されていることが、生きづらさの源泉にとなっていると。

不当な扱いというのはその人の努力云々とは全然別のところで起きています。不当な扱い対してに「おかしい」と声をあげたり、会社に文句を言うだけじゃなく、労働基準監督署に駆け込むとか、そういう知恵が身についていない。これは努力とはまったく別の問題なんです。不当に扱われているという個人の状況が、社会と切り離されているが故に生きづらいのに、そもそも「社会と切り離されている」と気づく回路がない。この部分が、生きづらさのかなり大きな部分を占めているだろうなという気がするんです。

それに対して雨宮さんや教育社会学者の本田由紀さんは、法的な知識であるとか、社会に対して文句を言う知恵を身につけるというか、そういうことの重要性をおっしゃっています。それはそれでもちろん大事なことなんですが、もう一つ加える必要があります。社会の問題だと認識することによって、「社会は変えられるんだ」というふうに考えることができるようになる。ここが、とても重要なところだと思っているんですね。

一般的に、自分の努力で社会を変えられると考えるかどうかは、その人の生育環境に影響されます。特に親の収入や教育が影響しているという人もいます。要するに、相対的に恵まれた状況にある人ほど、社会は変えられるんだと考えがちなんです。これは裏を返せば、恵まれていない人ほど社会のサポートを必要としているのに、「どうせ何をやっても、社会や政府は何もしてくれない。自分でやるしかないんだ」と考えがちになってしまうということです。

ところが日本の場合はさらに特殊です。日本青少年研究所のデータでは、「私個人の力では政府の決定に影響を与えられない」と考える高校生は約4割で、「まあそう思う」まで入れると8割。同じ調査ではアメリカでも中国でも5割を切ります。ベネッセ教育開発研究センターの調査では、「日本は、努力すればむくわれる社会だ」と答えた大学生が「まあそう思う」まで入れて4割。

社会は変えられないと誰もが思っていて、しかし現実としては社会参加に対する格差が存在するとき、閉塞感の中身は、その格差に応じて変わります。特に相対的に恵まれた人の間では、なんとか数少ないチャンスにしがみつこうと、自分だけは生き残るという戦略を採りがちになります。

かつては、恵まれた人は恵まれた人なりに、社会を良くするための方向について考える気概や義侠心のようなものが必要とされていました。

理由は二つあります。ひとつは、みんなのことを考えるのが高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)であるという考え方が、一定数のエリートに共有されていたということ。もうひとつは、経営者の人の中にもひところ、マルクス主義にかぶれた人が多かったので、自分の金儲けだけを追求するということに対する、ある種の後ろめたさというものがずっと抱えられていたということです。自分の利益を追求することが、いかに社会のためになるかということを言わないと、どうにもおれないという実存があったと思います。元セゾングループ代表の堤清二さんなんかは、割合そういうところがありますよね。

現在は、ビジネスパーソンとして独り立ちしようというような意識の高い人たちに、自分のビジネスを通じて社会を変える、あるいは「自分がビジネスで成功するということが社会にとって何の役に立つのか」ということを考えさせる回路が、失われてしまっている、弱くなっているような気がするんですね。

一方で貧しい人たちには、そういったことを考えるための情報や道具が、そもそも手元にない。つまり昔であれば、貧しい人も恵まれている人も、それぞれに社会を何とかしようということで、声を上げたり、団結して運動したりということが行われていました。今は、銘々が自分の都合のいいイメージの中で社会というものを捉えて、例えば自己責任論にはまり込んでしまったり、自分の行動と社会との関係を切り離して考えてしまったり、という現象が起きている。

どうせ社会は変えられないのだから、結局なんとかできるのは自分だけ、そんな風に思い込むようになってしまう。そこに閉塞感があるような気がするんですね。これは個人が恵まれているか恵まれていないか、ということとはあまり関係がないような問題です。

自分の不幸は社会のせい それとも単なるワガママか

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乾:社会が変えられないということに関して、全共闘の時代だったら資本主義が悪いとか、一昔前だったらアメリカ主導のグローバリゼーションが悪いとか、割と単純なことが言えたと思うんです。けれどももう今は、グローバリゼーションの波に快調に乗り、企業にも元気になってもらわないと、国としてもたないよねという空気が醸成されつつある気がします。そのための格差なら仕方ない。誰のせいでもないよね、と。この敵が特定しづらい感覚、あるいは「こういう社会でしかあり得ないんだ」という感覚について、どうお考えですか。

鈴木:まあもちろん、敵が見えればいいっていう話じゃないんですけれども、もともとそんなに敵というのは見えてなかったと思うんですね。つまり、社会運動が盛んだったとき、労働運動が盛んだったときも、自分たちの状況が苦しいことと、運動のリーダーが名指す「敵」とが、どのくらい結びついているのかということが、現場の人にはよくわからないことだったわけです。でも何となくそれでいいということになっていた。

今は状況が本当に切羽詰まってきている中で、何をすれば自分たちの状況が改善するのかという、具体的なビジョンを持てないということが大きいと思います。つまり、明確に金持ちがいて、金持ちの取り分をよこせっていう話ではなくなってしまっている。というのも、僕たちが望んでいる生活の質というのは、お金があればあるほど幸せになるというものではなく、なにか実現したい目標や精神的な充足が得られる生き方のモデルがあって、そこにたどり着くための手段としてお金が必要だという順番になっているからですね。だからお金の問題だけではない。心の豊かさや幸せという欲求に対して、何を社会や政府に要求すればそれが実現するのか。その手段が見えにくい。

「貧乏か金持ちか」と物差しが一つだったものが、物差しが多様化すると、いろんな不利な状況がフラットに並べられてしまう。すると、自分たちがその中で果してどのくらいの位置にいるのか、よくわからなくなるんですね。同じ「お金がない」ことで困っている人の中にも、異性をデートに誘う服が買えなくて困っている人と、学費が払えなくて困っている人がいる。こう聞くと学費の方が大事そうですが、学校に行きたい理由が、適当に遊んでいたいからという理由だったら?

そうやって不利な状況を比較していくと、「自分たちも辛いけど、あんな苦しそうな人もいる」という風になり、どのぐらい自分たちの立場を主張していいのか。これはエゴなのかわがままなのか、それとも自分たちのポジションからすれば正当な要求なのか、うまく見えづらくなっている。これは結果的には、真面目で、誰もが納得のいく「不幸さ」を抱えた人でなければ、社会に対して不満を言ってはいけないんだという風潮を生みます。

もう一つは、情報の発信の仕方に問題があります。メディアが取り上げる“恵まれない人”が、非常に偏ってきている。具体的には地方の高齢者が圧倒的に多いですね。あるいは小さなお子さんを抱えた母子家庭であったり。

こうした、物差しの多様化問題や、メディアに取り上げられやすい人々の声が大きくなるという状況の中で、みんな本当は苦しいのに、「お前なんかまだマシじゃないか」というような足の引っ張り合い的な争いを生んでしまっているのが現状だと思います。

先進国が共通に抱える生き方のモデルの崩壊

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乾:なるほど。高度成長期は、そうはいっても貧しい人も、ある程度富める人も、今日よりも明日、明日よりも明後日が良くなるということで、自分の仕事をしている範囲で、日本社会全体が浮揚していくことに、どこか繋がっていたような気もします。それが昨今ではつながりが途切れてしまった。これは日本だけの現象ではなく、ある程度の発展を遂げた先進国が共通に抱えている問題かと思うんですけれども、その中でも日本に特有なものがあるんでしょうか。

鈴木:そうですね。おそらく三つぐらい挙げることができると思います。そのうち一つは、世界で共通に起こったことです。戦後の先進国というのは、もともと第二次世界大戦で国土がほとんど焦土になってしまったので、その焼け野原から立ち上がっていく、“経済成長の伸びしろ”が沢山あったんですね。

その伸びしろに、どういう人たちがやってきたのか。それまで地方の農村なんかで働いていたような人たちです。つまり、これまで比較的恵まれていなかったような人たちが、第二次世界大戦後の経済成長の伸びしろに、大量の労働力として流入してくることによって、「ゼロがイチになる」という豊かさを手に入れるチャンスがあったということです。

高度成長を前提にしたライフスタイルは、田舎から都会に出てきて、そこで出会った人と核家族を形成するというものでした。生活のベースは「男は仕事、女は家庭」の性別役割分業で、男は家族を食わせて一人前、女は専業主婦になり、家電の普及によって家事から解放されていくのが幸せというモデルがあり、子供には親よりも高い教育を受けさせて、高い収入の仕事に就いてもらう。重要なのは、こういうスタイルが当たり前になったのは、たかだか一世代か二世代前からだということなんです。

つまり、ほんの数十年の間に起こった出来事を、僕らは“普通の生き方”と認識してしまった。具体的には、「いい学校に入れば、いい会社に入れて、老後までいい生活が送れる」というものですね。いまの若い人はそうしたモデルをあまり信用していませんが、それ以外の生き方を思い描くことができないので、どうしていいかわからない。いわゆる社会学でいうところのアノミーの状態に陥ってしまう。これは東アジアでは90年代から、欧米でも金融危機をきっかけに盛り上がっている議論で、おそらく先進国共通の出来事だと考えていいと思います。

少し細かい話をすると、一世代か二世代というのは本当に微妙なんです。一世代だけだったら、お父さんと子供の違いだけでよかったんですが、二世代またいでしまうと、「おじいちゃんもお父さんもそうだったけれど、自分は違う」という形で、“普通”イメージが強化され、ますますモデルが見えにくくなってしまうんですね。

おそらく今の30代以下、つまりポスト団塊ジュニアと呼ばれる世代だと、おじいちゃんぐらいから高度成長の恩恵に預かった世代ということになるので、なかなかそれ以外のモデルが見えにくいっていうことがあると思います。

団塊ジュニアの一番上、1970年代前半生まれ、つまり今のアラフォーぐらいの世代ですと、親が昭和ヒトケタだったりして、まだ一身独立みたいなイメージというのを持ちやすい人もいるかと思うんです。ところが、二世代またいでしまうと、高度成長モデル以外の人生というのがイメージしにくい。これが一点目です。

70年代に変化に直面しなかった日本

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残り二つが日本独自の状況になります。まず、日本の中では国家の福祉ではなくて、つまり公共福祉ではなくて、企業福祉が中心だったということです。国の福祉支出は先進国最低レベルですが、その代わり国は企業を護送船団方式で守り、その企業が従業員を守り、その従業員の男性が専業主婦の奥さんと子供を守り、という順番で生活を支えるモデルをつくってきた。

このモデルは、例えば家族のシステムや、あるいは企業のシステムが安定的なときには、それなりにうまく働きます。しかし、システムが不安定になったり価値が多様化してくると、途端に破綻するモデルなんですね。

例えば、価値の多様化に関して言えば、奥さんは旦那さんにずっとくっついていかないと、企業年金ももらえない、老後の生活ができないという状況だったわけです。けれども、女性だって自分の価値観や生き方があるんだ、あるいは働いたっていいんだっていうことになってくる。あるいは企業が女性の労働力を必要とし始める。すると、そうした女性を家庭に閉じ込めているというシステムは、非合理なものになります。

また、1970年代にはニクソン・ショック、二度のオイルショックがあり、ヨーロッパではインフレと失業率の悪化が続きます。こうしたことから福祉国家政策の見直しや脱高度成長型の経済モデルの「次」が模索されるようになる。ですが対照的に日本は、特にオイルショック以降の不況期を、いわば企業福祉を前提にした、会社への忠誠モデルで乗り切ったんですね。

つまり、従業員が自主的に業務の改善を行ったり、あるいは企業の系列化を通じた垂直統合がうまく作用したために、産業構造と、ひいてはそれに支えられていた生き方のモデルが引き続き維持されることになったんです。多くの先進国が70年代以降、いわゆる第二次産業中心で、拡大する中間層からの税収を充てに福祉を充実させるという高度成長型の経済モデルが維持できなくなっていく中で、いわゆるジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた日本的経営でいいんだという風に、多くの人々に理解されてしまったわけです。

もちろんそこで延命された高度成長モデルにも、いい部分はあります。ですが現実には、いろんなところで、人々の意識や価値観は変化していたわけです。七〇年前後の学生運動は明確に戦後の理想に対するアンチという意識を持っていましたし、テレビドラマを見ても、たとえば高度成長型の核家族モデルなんかは、すでに内実としては崩壊していたことが明らかなんですけれども、何となく延命措置が働いてしまった。そしてバブル経済が破綻する、89年まで続いてしまった。これが二点目ですね。

機能不全のシステムを回し続ける不幸

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続いて3点目です。これは人口の問題にかかわります。ここではその中の三つの要素についてお話します。89年以降のバブル破綻、90年代の就職氷河期、そして超氷河期という就職が非常に厳しい状態が続くわけです。このときに就職不況に直面したのが、70年代前半生まれの第二次ベビーブーマーから、その下の世代、だいたい団塊ジュニアからポスト団塊ジュニアと呼ばれる世代に重なっていたことが、日本独自の不幸を生みました。

彼らの親は、まさに先ほど述べた高度成長モデルの中を生き、その価値観を内面化してきた世代です。だからその子どもたちが就職できない状況に直面したとき、自分たちの人生は、親が経験してきたモデルと比べて不完全であり、「得られるはずのものが得られなかった」という、強い落差を感じる状況に陥ってしまったんです。親の時代には普通だったことが、自分の世代では普通ではなくなった、ということを社会全体が理解するまでに、とても長い時間かかってしまったっていうことですね。これは00年代前半の一時的な「若者バッシング」の遠因ともなり、若年雇用対策を遅らせてしまう結果にも繋がりました。

二つ目の要素ですが、その中で、就職氷河期が続きます。多くの学生たちが、「まだ何とか“普通”のモデルに乗っかれるだろう」と考えた結果、狭くなったパイを巡って争うことになります。

パイが狭くなっているのに、他の生き方はないと信じられていると、就活で求められる“良い学生モデル”に自分を合わせていかないと、就職できないんじゃないかという不安が強くなります。カラーシャツはダメなんじゃないかとか、なんでもやりますって面接で言わないとダメなんじゃないかといった風に、これまで以上に企業が求める人材スペックに自分を合わせていく。雇用環境の悪化が、いわゆる高度成長モデルで完成した新卒一括採用であるとか、そうした企業の採用の枠組みを維持していく方向に作用してしまうという逆説が生じてしまったんです。

不景気になればなるほど、システムを批判するのではなく、システムに自分を合わせようとしてしまう。ありがちな話ですけれども。そうしたことが起こってしまったことによって、さらにその高度成長モデルというのが延命されてしまいました。

最後の要素です。同時にその頃には、ITブームをはじめとして、新産業に向けた新しい動きが起こっていましたが、2000年代前半のITバブル崩壊、そしてライブドアショックに至るまでの流れの中で、最終的に大きな実を結ばなかったという話です。

就職ができなかったことによって、就職している人たちは何とか会社に自分を合わせていこうというふうになったわけですが、それでも職に就けなかった、ある種はみ出た人たちが、自分たち独自の価値観でビジネスを起こし、維持、再生産する環境を結局つくろうとしたのだけど、結局つくれなかった。つくった人たちもいますけれども、大きな流れになり得なかったっていうことが、とても大きかったと思っています。

その背景には、例えばベンチャーキャピタルやエンジェルが非常に貧弱であったこと。ベンチャー企業自身に、きちんと自分の業務を評価するような、客観的な視点がなかったということ。同世代の都会に集まってきた人たちが中心でしたから、どうしてもビジネスの生まれ方が内向きになってしまったこと。いろんな条件はあったでしょうけれども、当人たちの責任も社会の責任も含めて、結局そうした新産業が、雇用から排除された若者の最終的な受け皿になり得なかったわけです。

この三つぐらいの条件というのに直面し、とっくに機能不全に陥っているシステムが、ゾンビみたいになって生き永らえている、「うまく回っていることにしてしまおう」みたいな感じで生き残り、それ以外の道が見えない。あるいは、もうこれじゃダメだと思っているけれども、他にないんだというような感じで諦めざるを得ない。いますよね。大学2、3年ぐらいまでは調子いいことを言っていた奴が、3年の夏ぐらいから突如真面目な就活生に変わってしまうという(笑)。そういう学生の状況が、システムがいかにゾンビ化しているかを、物語っていると思います。

→中編「仕事で自己実現ってホントにOK?」はこちら

→後編「ネットワーク化で社会を変革せよ!」」はこちら

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