少数の優秀な人々の意見と、ばらつきのある数多くの人々の意見は、どちらが正しいだろうか。驚くべきことに、答えは後者だという。なぜそうなるのだろう。サブタイトルにある「衆愚が集合知に変わるとき」の条件とはいったい何なのだろうか。
週刊ダイヤモンドの書評欄に、書店関係者が、お薦めの書籍を3冊ほど紹介するコーナーがある。評者は毎回変わるし、前号とは違ったテーマや切り口の書籍を推薦することが多いため、推薦される書籍は非常にバラエティに富んだものになる。悪く言えば、自分の嗜好にとっての「当たり外れ」の触れ幅は必然的に大きくなり、号によって、食指のそそられ度合いは大きく変わってくる。そのコーナーで、2号続けて紹介されるという、めったにない「偉業(?)」(少なくとも筆者の記憶にはない)を成し遂げたのが本書である。
著者はミシガン大学の教授で、複雑系や政治学、経済学を専門とするスコット・ペイジ教授。複雑系研究の代名詞ともなっているサンタフェ研究所の外部研究員の肩書きも併せ持つ。同氏が、長年のアカデミックな研究をベースに書き下ろしたのが本書である。
書かれている内容は、まさにタイトル、サブタイトルが示している通りである。本文中の言葉を借りれば、「多様性は能力に勝る」という現象に関して、丁寧に解説したものである。「ダイバーシティ(多様性)」については、前回の書評でも取り上げた。グローバル化が急速に進展している昨今、多くの企業にとって避けて通れない課題となっている。
女性の社会進出の加速や、シニア層の再雇用、ハンディキャップのある人々の雇用という要素もあるし、ITを活用した「オープンイノベーション」が加速しているという時代背景もある。ダイバーシティに直面している企業にとって、「多様性は能力に勝る」というメッセージは、非常に勇気付けられるもののはずだ。
しかし、「多様性は能力に勝る」という現象が、いつも確実に起きるわけではない。次のような事例を考えてみれば明らかだろう。
「小型旅客機の中で、急に胸が苦しいと体調不良を訴える乗客がいた、乗客は全部で40人、客室乗務員が、乗客の中に医師がいないか探したところ、ちょうど1人、循環器系の医師が乗り合わせていた。残りの39人は医療関連のサービスとは無関係である。さて、このケースにおいて、この医師のアドバイスを求めるべきだろうか、それとも、残り39人の多様な『素人』の意見を参考にするべきだろうか」
おそらくこの状況下で、「39人の多様な『素人』の意見」を取り入れたいと考える、勇気ある患者はいないだろう。このシーンでは間違いなく、「(1人の)能力が多様性を凌駕しているのである。この事例はなぜ、「多様性は能力に勝る」という著者の主張に反することになったのだろうか。
衆愚が集合知に変わるとき
本書のメッセージは強烈だが、活用するためには、なぜ「多様性は能力に勝る」のか、根本原理を知るとともに、必要な条件を正しく理解しておく必要がある。どのようなシチュエーションや課題の場合に、多様性がより威力を発揮するのかを正しく理解しなくてはならない、と言い換えてもいいだろう。
多様性が能力に勝る最も重要な源泉は、本書の言葉を借りれば「ツールの数の多さ」にある。ツールとは、「観点、ヒューリスティック、解釈、予測モデル」などである。それらの詳細は本書に譲るが、つまりは、多様な人が数多く集まると、物事の見方や問題解決ツールが増えるから、問題を正しく解決できる可能性が高まると言うことだ。
例えば、新米のコンサルタントは、クライアントより現場のことを多く知っているわけではないから、全くバリューを出せないように思える。しかし、新たな「ツール」が追加されるために、チーム全体としては、よりよい問題解決が出来る可能性は高まるのだ。
より身近な比喩で考えてみよう。第二次大戦中、ある国は、暗号を解読するために、数学者や言語学者の他に、クロスワードパズルマニアやライターなど、多様な「言葉のツール」を持つ人々を集めたという。
例えば、「仮名6文字の日本語で、5文字目が『や』。意味合いとしてはスポンサーに該当する言葉はない?」「『後見役(こうけんやく)』じゃないのか」という会話を想定すれば、どれだけ頭が切れようが、1、2人だけで立ち向かうよりは、はるかに効果的であることが想像できよう。それが「ツールが増える」ということの価値なのだ。
それに対して、先の旅客機中のケースでは、どれだけ「素人」のツールが集まろうが、あまりに問題が専門的すぎて、1人の専門家にすら決してかなわないのである。その判断を誤って、機械的に「多くの人の意見を聞こう」とやっても、必ずしも効果の出ない場面は多いのだ。著者も、「多様な訓練された人々の集団は非常に良い結果をもたらす。単にアイデンティティが多様なだけの集団の効果はそれほどでもない」と述べている。
その他にも「多様性が能力に勝る」ための条件や、その理由などが詳しく議論されているのでぜひ注意して読んでいただきたい。例えば以下のような点だ。
・「ツール」と「好み」は峻別すべき。多くの多様なツールの集まりは望ましいが、多様な好みは必ずしも望ましくない
・多様性は便益をもたらす一方で、「多様性のコスト」と呼ぶべきものもある。それを低減しないと、悪影響のほうが大きく出てしまう
多様性を武器にするためにも、ぜひ表層だけに飛びつくのではなく、前提条件なども含めてじっくり理解したい書籍である。有効かつ大いに示唆に富むが、ページ数は多く、専門用語もかなり多い。社会学全般に比較的好奇心の強い筆者も、初めて遭遇する専門用語がかなり多かった。おそらく、訳者の方も多大な苦労をされたのではないかと思う。
ソフトカバーではあるが、「いかにも学者が書いた書籍」という感じの文章の「硬さ」があるし、前段を飛ばすと後段が理解できないなど、前のほうから丁寧に読み込む必要性もある。おそらく多くの人にとっては、最後まで読破するだけでもかなりの骨であろう。そうした難点を踏まえても、充分に読む価値のある一冊である。