ベンチャー・キャピタル業界の地殻変動 

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「グロービス、ベンチャー・キャピタル、ジャパン!」
「グロービス、ベンチャー・キャピタル、ジャパン!」
「グロービス、ベンチャー・キャピタル、ジャパン!」

と、僕は3回連呼して、騒々しい参加者の前でのスピーチを締めくくった。僕は、このスピーチを毎年11月に行ってきた。

場所は、香港。会合の名前は、アジア・プライベート・エクイティ/ベンチャー・キャピタル・フォーラムである。参加者は、800名にも及び、アジアを始め世界中から、プライベート・エクイティ、ベンチャー・キャピタル、投資家、弁護士、会計士、コンサルタントなどが一堂に会する年に1回のビッグイベントの場なのである。

グロービスは、この会合のオープニング・レセプションをここ数年間スポンサーしてきた。その場で毎年スピーチの機会を与えられるのだが、参加者はスピーチよりも、ビール、ワインや食事に夢中なので、スピーカーには見向きもしてくれない。

そこで、苦渋の策として考え付いたのが、冒頭の三つの言葉である。僕の挨拶はいつも簡単。「皆さんに会えてうれしい。是非このカンファレンスを楽しんでください。本日のドリンクは全てグロービスがスポンサーしています。多いに楽しんでください。最後に皆さんに覚えて欲しい三つの言葉があります」と前置きして、冒頭の連呼につながる。

毎回これをやると会場が盛り上がるのである。最近では初めて会った方に、「グロービス」と言うと、「ベンチャー・キャピタル、ジャパン」と返答が来ることもある。これだけグロービスが浸透すれば、数年間スポンサーをしてきた甲斐があった、というものであろう(もう役割を終えたので、グロービスがスポンサーから降りることも検討されよう)。

前置きはこの程度にして、本題に入りたい。今年の会合は、例年とはかなり雰囲気が違っていた。僕は、この会合にはアジア経済危機のころから10年以上、毎年参加してきたが、今年ほど「地殻変動」というものを感じることは無かった。

レセプションの翌朝のキーノート・スピーチは、テキサス・パシフィック・グループ(TPG)の創業会長、デビッド・ボンダーマン氏である。TPGは、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)やブラックストーン・グループ、カーライル・グループと並ぶ、大規模のファンドを運用するプライベート・エクイティ(と称されるバイアウト・ファンド)のプレイヤーの一人である。

彼はとても弱気だった。「7年間はリターンが無いものと思って欲しい。現在、ファイナンスがつかないので全くディールができる環境ではない。そして、今回の不況は今までのとは全く違う。V字回復、U字回復は無い。あるのは、L字型の不況のみである」というのだ。

このボンダーマン氏は、みすぼらしい格好をすることで有名である。髪の毛はボサボサで、スーツはいつもよれていて、ネクタイはいつも曲がっている。昨年のこの会合でのスピーチでは、「格好なんて関係ない」という主張のように感じて、強く誇らしげに見えた。今年は、みすぼらしいままの印象を与えて、どこか哀れな感じさえした。

「それだけの苦境なのか」という印象に、会場は同情すら感じているようで、厳しい質問は皆無であった。皆の頭をよぎっているのが、今年4月米貯蓄金融機関ワシントン・ミューチュアルに7000億円を投じた案件だ。10月にハーバード・ビジネススクール(HBS)で行われたパネル・ディスカッションでは、「最も愚かなプライベート・エクイティのディールだ」とパネラーの一人が称していたように、このサブプライム・バブル崩壊の大波の中で、あっと言う間に銀行は倒産し、投資額は全損し、価値はゼロになってしまったのだ。

ボンダーマン氏に対して、僕は同情をする気にはなれない。なぜならば、昨年のこの場において、彼は根拠の無い痛烈な日本批判を行ったからである。僕は、いまだに彼を心情的に許す気にはなれない。

いずれにせよ、プライベート・エクイティを取り巻く環境は、激変していることは確かである。銀行ローンがつかないので投資を実施しにくいし、投資先企業がこの不況に見舞われて損失を被る可能性が高い。しかも、それらの投資先企業を株価が高い時に買収したので、今の株価で換算すると、すでに時価損失を抱えているところも多いのである。

唯一の利点は、償還(リデンプション)が無いことである。ボンダーマン氏のTPGは、ヘッジファンドの運用も行っているが、彼は「ヘッジファンドの方が大変だ」と言っている。

「なぜならば、ヘッジファンドは、投資家の要請に従って投資してもらった資金を償還しなければならないので、その償還のために株式などを売却しなければならないからだ。一方のプライベート・エクイティは、償還は全く必要ないのである。契約上10年間は、投資家の資本はロックアップされているので、ずっとパートナーでいられるのである」。

そう言って、ボンダーマン氏は、壇上で投げキスをしたのである。このキスは、正直言って気持ち悪かった。償還を受けないことがよほどメリットなのであろう。その唯一のメリットをそれだけ強調するとは、これからのプライベート・エクイティ業界の地殻変動を予感しないではいられない。

これらのヘッジファンド、プライベート・エクイティとベンチャー・キャピタルが、いわゆる代替投資(オルタナティブ・インベストメント)と呼ばれているカテゴリーに入る。機関投資家からすると、投資のオプションは、株式、債権、不動産、そして代替投資の4つに大きく分類される(これらを資産クラスと呼ぶ)のである(不動産を代替投資に入れる場合もある)。そして、その代替投資の小さな部分を占めているのが、ベンチャー・キャピタル投資である。

様々な資産クラスを、米国、欧州、アジア、南米・中国・アフリカなどに分散して、ポートフォリオ投資をするのが普通である。つまり、グロービスが行っているベンチャー・キャピタル投資事業では、投資家からは、大きく分けて二つの選別を受けることになる。

(1)世界の中で日本が投資の対象になるかどうか。
(2)資産クラスの中で、ベンチャー・キャピタルへの投資を行うべきかどうか。

最近では、アジアの中では、日本への投資をやめて中国・インドにシフトしている投資家が多いし、代替投資の中で、ベンチャー・キャピタル投資そのものをやめる動きもある。世界からお金を集めるのは簡単ではないのだ。

ここで簡単にベンチャー・キャピタルの業務を説明しよう。ベンチャー・キャピタルでは、主にベンチャー企業を発掘して、投資を実施して、経営陣に加わり、成長を促進させ、上場を果たしたり、売却を行ったりする投資業務と、その投資に充てる資金を世界中から集めるファンド募集業務に分かれる。

ベンチャー・キャピタルに魅かれる人は、当然ベンチャー企業への投資業務をしたくてジョインするので、投資家訪問を伴うファンド募集業務(いわゆる営業・IR業務)はあまり好まれていない。

僕のマネジメントの基本は、「他の人にできないもの、他の人がやりたがらないものを行う」である。そうなると、結果的にファンド募集業務が僕の主幹業務となり、自ずと資金集めのために世界を駆けずりまわることになる。その活動の一環として冒頭のように、グロービスの日本のベンチャー・キャピタル投資をアピールしてきたのであった。

そして、ここにきてベンチャー・キャピタル(VC)業界の地殻変動的な動きが出てきたのである。

まずは米国シリコンバレーの状況である。1999年以降、ほとんどのVCは、元本すら返していないのが実情である。やっとITバブルの崩壊から立ち直りかけたのに、今回のサブプライム・バブルの崩壊である。消費不況や企業業績の悪化が重なり、投資先企業の資金繰りが急速に悪化している。そして株価の低下が重なり、新規上場もこの3四半期全くないのが現況である。かなり厳しいようだ。

今までホットだった中国・インドも同様に深刻な状況になっていると言う。株価バブルが続いたため投資をした企業のバリュエーション(株価評価)はかなり高くなっていた。そこに不景気が襲っているのである。当然、上場・売却などは見込めないと言う。米国から中国・インドに進出したVCもかなり多くが失敗するであろうと。

一方、日本も当然影響を受けないわけが無い。ただし、他国と比べれば、状況は良いと言えよう。上場案件がいまだにある、という事実そのものが、他国の方々にとっては、驚異なのであろう。おそらく、今後数年は、日本のVCのリターンが他国よりは良くなるのではなかろうかと思う。

幸いグロービスのVC投資のリターンは相対的には悪くはない。一号ファンド(’96)は7倍以上投資家にリターンを生み出した。二号ファンド(’99)も既に投資額を回収している。これから有望な上場案件も控えている。1999年のVCファンドは、世界的に見て壊滅状態であった。しかも日経平均は、その当時から今にかけて、それこそ半減しているのである。その中ではかなり健闘していると言えよう(当然、投資家のリターンへの期待はもっと高いので、満足と言えることは無いのだが)。

VC 業界は、これからは世界的に淘汰の時代に入ると思う。ジョージ・ソロス氏は、「ヘッジファンドは半減か1/3か1/4に減っても驚かない」と公聴会で言ったという。僕は、VC業界も(当然プライベート・エクイティ業界も)、資金運用の規模が半減しても驚かないであろう。

業界規模が半減するというのは、大きな地殻変動である。その地殻変動に備えて、基盤固めするのが僕らにできることであろう。幸い投資先企業には、有望な案件が多い。しっかりと経営に参画して、この地殻変動を乗り切りたいと思っている。

香港での滞在時間は、短時間であったが、とても有意義であった。投資家の代表により組成されるボード・オブ・アドバイザーズ・ミーティングを実施し、投資家の方々とも意見交換をする機会を得た。ベンチャー・キャピタルのパネル・ディスカッションにもモデレーターとして参加し、世界の状況が手に取るように把握することができた。

「これからは、L字型の不況である」という言葉を噛みしめながら、日本への帰路に着いた。その日の米国株価は、乱高下していた。一日の値幅が900ドル近いという驚異的な振動であった。その振動から生じる「地殻変動」の後、世界はどうなっていくのであろうか。

その週末には、ワシントンで各国首脳が集いG20が開催される予定となっていた。
これからは、本格的な不況が世界を襲うことになろう。

その中で、地道に一歩一歩やるべきことをやっている人・会社は生き残り、繁栄するのであろう。
まるで、アリとキリギリスの寓話のように。

2008年11月17日
自宅にて執筆
堀義人

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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