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ダボス会議2010〜(4)ダボス会議の醍醐味

投稿日:2010/01/29更新日:2019/08/20

目が覚めたら、胃のあたりに違和感があった。昨晩のワイン・テイスティングでついつい飲み干してしまったからであろう。最高級のワインなので、二日酔いになってはいないが、飲んだ量が多かったので、多少のけだるさを感じているのであろう。

今日は、「ダボス直前会議」の共同議長を務める大事な会議の日である。半日間の会議の、最初のブレックファスト・ミーティングで、僕が登壇する予定になっていた。

「先進国と途上国に分かれ、それぞれの国々が直面する課題に関して議論をする」とプログラムには、記載されていた。僕は、先進国のパネリストとしてアサインされていた。パネリストは、僕を含めて二人という少人数である。責任重大である。

僕は、登壇するときには、徹底的に準備することにしている。なぜならば、準備をすることにより、その課題やテーマに関しての知見が深まるし、準備した分だけ自信を持って伝えることできるからである。

胃に違和感を覚えながらも、「先進国」、特に日本が抱える課題について、考え始めた。以下が、僕なりに考えた5つの課題である。そのメモを秘書にメールして、ファクスでプリントを受け取り、会場に向かった。メモを読み上げるわけではないので、きちんとした文章になっている必要はなく、殴り書きのままで良いのである。時間をかけて完成度を高めるよりも、一回十分に考えて言語化することが重要なのである。

■先進国が直面する5つの課題(日本語訳):

1)少子高齢化問題
日本はすでに人口のピークを迎えた。2007年以来人口の減少が始まっている。日本の人口の減少は、戦時を除いて、初めてのことである。労働力も頭打ちとなっている。

アメリカを除く先進国の多くではこの高齢化問題に直面している。高齢化問題は医療、年金制度に圧力をかけるものであり、人口の減少は市場の成長の足かせになっている。

2)巨額な国の借金
予算の半分以上が国債で賄われている。国の借金はGDPの200%に近づいている。日本には莫大な個人金融資産(1500兆円)があるから、国債の多くは国内で消化されている。ただし、これが持続可能とは思えない。同様のことが、イギリスとアメリカで起きている。

3)ポピュリスト政策による抜本的な改革の回避
収入の格差(格差問題)が、中道左派ポピュリスト政治に圧力をかけ、社会主義的路線をより助長している。これは世界的に起こっている現象だ。イギリス、フランス、アメリカ、日本など先進国の大半は ポピュリスト政策をとりがちな中道左派政府である。失業者への手当て増、生活保護の増大、医療福祉増加路線では、政府を大きくし、非効率にするばかりでなく、労働者の勤勉意欲を削ぎかねない。モラルハザードが起こっている。

4)新興国とのさらなる競争
アメリカ、日本、ヨーロッパは韓国、中国、インドなどの挑戦を受けている。日本の9つのエレクトロニクス・メーカーの主要企業(ソニー、日立、東芝、パナソニックなどなど)の時価総額の合計はサムソン単独の時価総額を下回るのが現状である。造船業は韓国に優位を奪われ、中国も台頭してきている。自動車会社はヒュンダイ(現代)からの攻撃を受けている。品質が多少劣位でも、安価な商品が日本企業を追い詰めている。

5)方向性の欠如
かつてはハングリー精神に満ちていた国ニッポンの若者は、志(道)を失いつつある。日本は裕福になった。その結果、ハングリー精神と方向性を失ってしまったのだ。この喪失感は若者の間に広がっている。新聞を買わず、自分の車も要らず、お金持ちになりたくない。ソーシャル・アントレプレナーとして働く人もたくさんいる。決して悪いことではないが、個人個人の成長願望に火がついていないならば、企業や社会の成長は、ありえない。

では、「どうすればいいのか?」と質問された場合のために、僕なりに考えた改善策を用意して、会場に向かった。

モデレーターの最初の課題の投げかけのときに、上記の課題認識を共有した。伝えるときに一番重要なことは、ハッキリと堂々と話すことだと思う。僕も、それを心がけながら5つのポイントをメモに目をやりながら、話した。

モデレーターから、次の質問が投げかけられた。「日本の体験を経て、欧米の今後の経済の先行きはどう見るか?」、と。僕は、「欧州と米国は、人口の増減、社会のダイナミズムが違うから一様には、答えられないが、私見では、欧州は日本と似たような道をたどることになるであろう、と。米国は3〜5年間は経済は停滞するが、その後は上昇基調となるであろう」という趣旨で答えた。

その後、「では、日本はどうすればいいのか?」という質問が会場から投げかけられたので、僕なりに以下お答えした。

「JALの事例が、日本が抱えている状況を端的にあらわしていると思う。JALは、長いこと抜本的な改革をしないで、赤字を垂れ流して、負債を膨らましていった。今、会社更生法が適用されて、銀行、株主、取引先、従業員、年金受給者を含むほぼ全ての関係する企業・人々(ステークホールダー)が痛みを伴うプロセスを経て、改革の端緒についた。この改革の道筋を僕は、肯定的に捉えている。

なぜならば、良い方向に向かう道筋が見えてきたからだ。良くないのは、何もしないで放置することである。今の日本にはまだ、まだ国民の中で危機感が共有されていないと思う。ま、何とかなるであろう、という根拠の無い楽観論がまだ支配的な気がする。従い、改革の道には入れないのである。むしろ小泉・竹中路線を否定する方向に向かっている。

重要なことは、強いリーダーシップを発揮して、国民とともに危機感を共有し、痛みを伴う改革プロセスに入ることだと思う。ただ、残念ながらおそらくは、とことんまで行くところまで行かないと、その危機感を共有できないのではないかと思う。なまじ国内に富があるばかりに、GDPの200%にも及ぶ負債を抱えられるのであろう。

ただ、市場と経済は、悪化するかもしれないが、だからと言って企業が衰退するかどうかは、わからない。年末のフィナンシャル・タイムズの記事に、面白いグラフが載っていた。「2019年から振り返る」と書かれたタイトルの下に、日本の株式市場が2倍に上昇し、米国が横ばいで、新興国の株式が下がっているグラフが掲載されていたのである。僕は、このグラフを見つめながらずっと考えてきている。どうすれば、こうなるのか、と。

もしかしたら、日本企業にとっては、今は日本市場と生産基地としての日本を捨てるタイミングなのかもしれない。人口減少で日本市場が縮小し、労働者派遣が禁止され、法人税が高いまま維持されるなどの反企業的な政策を実行し続けると、当然日本企業は、日本市場を軽視し、日本から工場を移転するなど、世界に視野を広げざるを得なくなる。もしも、日本を捨てて、海外に活路を見出すことができれば、日本の内向き志向もなくなり、日本企業は予測どおり、2倍以上の時価総額の成長を遂げられるのかもしれない。

ただ、そのためには、グローバル人材の教育が必須となる。一方、その分日本市場と経済はガタガタになる。これはこれで、再度改革をするチャンスを生み出すことになる。

そう考えると、今進んでいる方向は悪いことではなさそうでもある。日本には、素晴らしい文化があるので、それでも国民は前向きに捕らえるのではないかと思う」、と締めくくった。

そこから、活発な議論がなされた。「欧州の政府は、痛みをやわらげることしかしていない。これでは、改革が始まらない」という意見が、フィンランドの元首相から出されたり、「やはり、問題は、オバマのポピュリスト的な政策である」、と米国のCEOから出されたり、という状況である。各国とも、課題を抱えているのである。優秀な頭脳とリーダーシップがあれば、その課題を解決できるであろう。問題は、危機意識の共有が足りないことであろう。

そうこうするうちに、時間が来たので、次のセッションに移った。議論の中で面白かったのは、中国に対する見方の変化である。クローズなセッションだからこその発言であろうが、人権の抑圧、ナショナリズムの高揚、汚職とコネの問題、倫理観の欠如、通貨ペッグの問題、言論の自由の問題など、普段では聞かない懐疑的な見方を皆が持っていることを認識できたのは、興味深かった。特に発言者が、1969年から中国と付き合いをして、ここ2週間で大幅に見方を変えた、というのが印象的であった。昨年の中国の、コペンハーゲンでの非協力的な振る舞い、豪州BHPの社員の逮捕、そしてグーグルへのサイバー攻撃の問題が発生して、「もういい加減にしてくれ」という風潮が出始めている感じがしている。

最初で多くの参加者にインパクトを与えられたので、その後は、自由自在に発言ができた。最後の「資本主義の将来」のセッションでも、まとめのコメントをすることができた。書き始めると長くなりそうなので、何を話したかについては、別の機会に譲りたいと思う。

このようにして、「ダボス直前会議」も無事に終了した。会議の休憩時にホテルのチェックアウトを済ませていたので、荷物をフロントでピックアップして、空港のホテルを後にした。そのまま徒歩で、空港のアライバル・ホールにあるダボスのサービス・センターまで出向き、そこで14時発のバスをチェックインした。空港のカフェで、サンドウィッチを摘みながら発車時刻までゆったりと過ごした。

小さめのバスに搭乗し、一路ダボスに向かった。僕は、このバスでは、一貫して眠り続けることにした。体力を温存しなければならないので、隙間時間にいかに有効に休むかが重要になってくる。普段から、業務多忙の中、瞬時に眠りに入る技術を身につけつつあったので、その技をこのバスの中でも使うことにした。

目が覚めるたびに、外の景色が変っていった。最初のころは丘状の景色にところどころに、雪が積もっている程度であったのが、次に目が覚めると一面の銀世界となり、そして最後は山間の谷を、走りぬける光景に変っていた。もうアルプス山脈のど真ん中であった。ところどころに、スイス風の山小屋が散見された。バスは、最後の峠を越えて、ダボスに到着した。

停車場には、数台車が待っていて、ホテルの近いグループに分かれて、送り届けられる。その車の中から、既にネットワーキングが始まるのである。二人の参加者と一緒になった。一人は英国の元厚生大臣で、もう一人はロシアの銀行マンであった。今回は、名刺の箱を二箱持ってきた。可能な限り全部使い尽くしたいと思っている。名刺は、マーケティング・ツールでもあるので、惜しみなく、積極的に名刺を差し出すことにしていた。

ホテルにチェックインし、荷物を降ろして、すぐにホテルを後にした。レジストレーション会場で名札やプログラム・名簿などを受け取り、メイン会場に向かった。セキュリティは、一段と厳しくなっているのが実感できた。

クロークで、高野山真言宗管長である松長有慶大僧正にお会いした。僕は、大の空海ファンなので、大僧正が空海に関して書かれた『大宇宙に生きる』は、愛読書の一つになっていた。宗教界の中で、仏教の参加者がいなかったので、松長さんが来られることを風の便りで聞いていた。早速挨拶をして、一緒にオープニング会場であるコングレス・ホールに向かった。ところが、残念なことに既に、ホールは満席で中には入れなかったので、ビデオ中継している別の会場で拝見することにした。

クラウス・シュワブ氏の挨拶の後、スイスの大統領のスピーチがあり、いよいよ真打のサルコジ大統領の登場である。フランスの大統領がダボスで話すのは初めてのことらしい。2004年にシラク大統領が来る予定だったのだが、天候が悪くヘリコプターが飛べなかったので、ビデオ中継でのスピーチとなったこがあった。今回は、生のサルコジ氏の登場である。

サルコジ氏のスピーチの内容は、おそらくウェブ上で見つけることができるので、ここでは割愛する。ただ、彼の伝える能力は、今まで僕が見た政治家のトップリーダーの中でも、特上クラスにランクされると思った。フランス語でスピーチされたので、通訳を介しての理解である。しかもスクリーン越しでの映像であるというハンディキャップがあったのだが、情熱の高さ、身振り手振りの動き、問いかけをするときの間、そして表情の豊かさなど天下一品である。

以前、僕が同じダボスでビル・クリントン氏のスピーチを聞いたときに、「クラシックを聞いているようだ」と形容したことがあった。つまり、第一楽章でゆっくりと始まり、途中テンポが早くなったり、声を上げたり・下げたり自由自在に行い、最後の第四楽章で一挙に感動のフィナーレに持っていく流れがクラシックの交響曲に似ているのである。サルコジの伝える力は、クリントンやトニー・ブレアに匹敵するダイナミックなものであった。さらに、その中身は、意欲的且つ挑戦的であった。会計制度の見直しに言及し、中国の固定通貨制度を名指しはしないものの問題視し、銀行の振る舞いには厳しい注文をつけて、企業には原点に戻れと呼びかける。その中身は、わかりやすく且つ強固なる信念に裏付けられている感じがした。しかも、「2011年にG8の議長国とG20の議長国を兼任する。そのときに、強いリーダーシップを発揮して今まで述べてきたことを全て行う」と強く宣言するのである。チャーム、カリスマ、哲学、伝える力、全てが一級品であった。

スピーチの終わりとともに、会場の1/4〜1/3ぐらいが立ち上がり、スタンディング・オベイションをしていた。当然、挑戦を受けた銀行関係者は立ち上がらないであろうが、それらを差し引いても、見事なスピーチであった。フランスの言葉に対するセンシティビティの高さや、哲学観、そして5大国の一つであるという威信がそのままストレートに伝わってくるものであった。

余韻が覚めやらぬうちに、多くの方に挨拶をして、夕食会場に向かった。僕が参加した夕食会のテーマは、「イマジネーションのアートと科学」である。イマジネーションの源泉は何かという論議が面白かった。たまたまテーブルが一緒になったのが、20世紀フォックスのCEOで、大成功を収めた「アバター」の興行主である。ジェームズ・キャメロン氏に多大な投資をした経緯などを共有してもらったのが、とても印象的であった。

終わると同時に、混雑を避けるために、足早に退散した。途中で、IDEO(アイディオ)のCEOと挨拶をして名刺交換をした。イノベーションのカリキュラムでケースを採用するかもしれないので、何かのときに、コンタクトできるようにしておきたかったからである。

乗り合いのシャトルに乗り込むと、そこには偶然ワイン・フォーラム主催のベンチャー・キャピタリストが乗っていた。IT関係者のインダストリー・ディナーがあったようである。シャトルの中でもネットワーキングが始まり、情報交換が行われる。

これがダボスの醍醐味である。

2010年1月29日
ダボスのホテルにて
堀義人

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